第11話「遺された日記と『システムログ』」
『バグを報告する。この世界は、もはや手遅れだ』
日記の表紙に書かれた絶望的な一文は、俺の心を重く沈ませた。俺以外にも、この世界の異常に気づき、それに立ち向かおうとした者がいたのだ。そして、その人物はここで力尽きたらしい。
「タクミさん、これは……?」
リリアが心配そうに俺の手元を覗き込む。
俺は日記を開いた。インクは所々滲み、ページは湿気でよれてはいたが、書かれている文字はかろうじて判読できた。この世界の公用語と、俺にしか理解できない、地球のプログラミング言語が混じった、奇妙な文体で記されていた。
俺は【カメラ】アプリを起動し、日記の全ページを撮影し、データ化していく。そして、【翻訳】と【画像解析】を同時に走らせ、内容の解読を始めた。
[ログ1]:転生から3年。ようやく世界の構造を理解した。この世界は、"神"と呼ばれる超高度文明が作り出した、巨大なシミュレーターだ。我々はその中で生きるNPCに過ぎない。
[ログ7]:各地のファイアウォール・コアが機能不全に陥っている。原因は外部からのウィルス攻撃。コアのデバッグを試みるも、俺の持つ権限(Authority)では、一時的な修復が限界だった。
[ログ15]:ウィルスの発信源は、最北の『神々の墓場』にあるメインフレームに違いない。そこを叩かなければ、この世界はいずれ、致命的なエラーにより
「俺と、同じ結論に……」
日記の主は、俺と同じ「転生者」だった。彼もまた、この世界のバグに気づき、一人で戦っていたのだ。だが、彼の日記は、次第に絶望の色を濃くしていく。
[ログ28]:崖のセキュリティが突破できない。物理的な攻撃は一切通じず、魔法もすべて吸収される。『管理者キー』がなければ、この先の領域へは進めないようだ。
[ログ35]:食料が尽きた。魔力もほとんど残っていない。俺のデバッグツール――『賢者の石版』も、もはやただの石くれだ。ああ、誰か……誰か、このログを読んでくれたなら。システムコンソールに、直接アクセスできる権限を持つ者が現れてくれたなら……。
日記は、そこで途切れていた。
賢者の石版。それが、彼が持っていたデバッグツールだったらしい。俺のスマホの下位互換のようなものか。権限が足りず、彼はここで諦めるしかなかったのだ。
俺が日記の最後のページを解析し終えた、その瞬間だった。
スマホの画面が、突如として暗転した。そして、見たことのない起動画面が表示される。
[System]: New Authority_Key Detected.
[System]: Administrator "TAKUMI" Confirmed.
[System]: Higher-Level Application "System_Log_Viewer.app" has been unlocked.
ホーム画面に戻ると、そこには新たに、サーバーラックのようなアイコンのアプリが追加されていた。
【システムログ・ビューア】
俺がそのアプリをタップすると、画面に、この世界全体のログが、凄まじい勢いで流れ始めた。モンスターの発生、天候の変化、アイテムのドロップ……この世界で起きている森羅万象が、すべてデータとして表示されている。
そして、そのログの中に、ひときわ異彩を放つ、赤文字のエラーログが混じっていた。
[Warning!]: Unauthorized Access Detected. Location: "Gods' Graveyard" Mainframe.
[Warning!]: Virus "WorldEater_Bug" is attempting to corrupt the Master_Data.
「……やはり、誰かがメインフレームを攻撃している」
そして、俺はログをスクロールする指を止めた。崖のセキュリティシステムに関するログを発見したのだ。
[Security_Log]: "Gate of Paradise" Normal Operation.
[Security_Log]: Authentication_Mode: Waiting for Administrator_Key.
[Security_Log]: Hidden_Maintenance_Route: Active. Passcode: ***********
「メンテナンスルート……隠し通路があるのか!」
だが、肝心のパスコード部分は、アスタリスクで隠されていて読むことができない。これでは意味がない。いや、待てよ。
俺は日記の最後のページを、もう一度注意深く見直した。
彼が最後に書きなぐった文章。そのインクが滲んだ、ページの隅に、何か別の模様がうっすらと浮かび上がっていることに気づいた。
俺はスマホの【カメラ】アプリのフィルター機能を使い、赤外線モードに切り替えて、その部分を撮影した。すると、肉眼では見えなかった文字が、画面に浮かび上がってきたのだ。
それは、古代語でも、プログラミング言語でもない。
ひらがなで、こう書かれていた。
『はじまりのひ』
「……始まりの日?」
リリアが、俺の口にした言葉に反応した。
「タクミさん、それ、何ですか?」
「パスコードかもしれない。だが、意味が分からない……」
始まりの日とは、いつのことだ? この世界の創世記か? それとも、日記の主が転生してきた日か?
考え込む俺の横で、リリアが何かに気づいたように、ハッとした顔になった。
「タクミさん……もしかして、それって……」
彼女は、俺がいつも見ているスマホの画面――俺にしか見えないそのロック画面を、まっすぐに見つめていた。
そこには、日付と時刻が表示されている。
「タクミさんが、この世界に来た日……ではないですか?」
俺は、目を見開いた。
そうだ。俺がこの世界に来た日。それが、俺の物語の『始まりの日』。
俺は崖に向き直り、【システムログ・ビューア】のコンソールを開き、パスコード入力画面に、地球で使っていた形式で、あの日付を打ち込んだ。
> LOGIN
> PASSCODE: 0731
Enterキーをタップすると、目の前の巨大な崖が、静かに地響きを立て始めた。
滑らかだったはずの壁面に、光るラインが走り、巨大な扉の輪郭が浮かび上がる。そして、ゆっくりと、その扉が内側へと開いていく。
日記を遺した転生者の、無念の思い。それが時を超え、俺に道を繋いでくれたのだ。
「行くぞ、リリア。世界のバグを、取り除きに」
俺たちは、ついに『神々の墓場』への扉をくぐった。
その先には、古代文明が遺した、巨大な機械の神殿が、静かに俺たちを待ち構えていた。
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