第8話「旅の準備と『クラウドストレージ』」

 ファイアウォール・コアの一件から数日、俺は商業都市リューンの大きな図書館に籠っていた。目的は、次の目的地である『神々の墓場』についての情報収集だ。ダリウス商会の口添えのおかげで、普段は閲覧できない貴重な古文書にも目を通すことができた。


 リリアも隣で、熱心に資料を読み解いてくれている。彼女は古代語の素養があるらしく、俺が【カメラ】と【翻訳】アプリで電子化していくよりも早く、重要な記述を見つけ出してくれた。


「タクミさん、ありました。やっぱり、神々の墓場は古代文明の遺跡みたいです。そこには『世界の理を乱す"歪み"を封じた』という記述が……」

「歪み……バグのことか」


 古文書を読み解くにつれ、分かってきたことがある。


 かつてこの世界には、高度な魔法技術を持つ古代文明が存在した。彼らは、世界に発生するシステムエラー、すなわち「バグ」を修正・隔離するための巨大なシステムを構築した。それが、各地に点在する『ファイアウォール・コア』や、禁足地とされている『神々の墓場』のような施設の正体だった。


 しかし、何らかの理由でそのシステムは崩壊。今や世界のバグは野放しになり、あの盗賊リーダーのような異常個体や、アースゴーレムのような想定外のモンスターを生み出している。


「根本原因であるウィルスの発信源……神々の墓場に行かない限り、この世界は少しずつ壊れていくってことか」


 まるで、巨大なシステムにバックドアが仕掛けられ、そこからウィルスがばらまかれているような状態だ。そして、俺のスマホは、そのシステムの管理者権限を持つデバッグツール。


「……行くしかない、か」


 楽して生きたい、という当初の目標は、もはや地平線の彼方だ。世界の命運を賭けたデバッグ作業なんて、前職のデスマーチよりよっぽどタチが悪い。


「私も、行きます」


 俺の独り言に、リリアが強い意志のこもった瞳で答えた。


「タクミさんがやろうとしていることは、まだよく分かりません。でも、それがこの世界を救うことだというのは分かります。私のこの力、そのために使わせてください」


 彼女の杖が、かすかな光を放つ。彼女はもはや、俺のモバイルバッテリー役などではない。世界の危機に立ち向かう、一人の頼れるパートナーだった。


「……ああ。頼りにしてる」


 俺たちは、神々の墓場への長旅に備え、準備を始めた。


 ダリウス商会に協力してもらい、最高級の保存食、防寒具、野営道具を揃える。もちろん、代金は金貨で支払ったが、かなりの額をサービスしてくれた。


 そして、俺はスマホのある機能に気づく。


 【アイテムボックス】アプリの設定画面に、『クラウドストレージと同期』という項目があったのだ。


[クラウドストレージ]

容量: ほぼ無制限

特徴: この世界のどこからでもアクセス可能な共有ストレージ。パーティメンバーとのアイテム共有に最適化されています。※同期には一定量の魔力を消費します。


「共有ストレージ……?」


 俺は試しに、リリアをパーティメンバーとして登録し、ストレージへのアクセス権限を与えてみた。


「リリア、ちょっと腕を出してみてくれ」

「え、は、はい」


 俺はクラウドストレージに保存したポーションを選択し、「共有メンバー『リリア』の手元に転送」というコマンドをタップした。すると、リリアの手の中に、何もない空間からポーションの小瓶がポンっと出現した。


「ひゃっ!?」

「成功だ……!」


 これは便利すぎる。俺が持っているアイテムを、遠隔でリリアに渡すことができる。逆もまた然り。戦闘中に弾薬やポーションをリアルタイムで融通しあえるのだ。


「これで、戦術の幅が広がるな」


 旅の準備は万端だった。


 俺は【マップアプリ】を開き、目的地である『神々の墓場』へとルートを設定する。それは、これまで旅してきた道のりとは比べ物にならないほど、長く険しい道のりを示していた。


 出発の朝、俺とリリアはリューンの街門に立っていた。ダリウスと、すっかり元気になった護衛たち、そしてギルドのクロエも見送りに来てくれた。


「タクミ、リリア。死ぬんじゃないよ」

「ええ。世界のバグを修正したら、また戻ってきますよ」


 俺は不敵に笑って見せた。


 目指すは、世界のシステムの根幹。バグの巣窟、『神々の墓場』。


 俺とリリア、そしてチートスマホの、壮大なデバッグクエストが、今、本格的に幕を開けた。

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