第7話「ファイアウォールと世界のバグ」
盗賊団のリーダーを『アイテムボックス』の質量攻撃という荒業で葬った後、戦場に残ったのは気まずい沈黙だった。護衛の冒険者たちは、潰れたリーダーの亡骸と俺の顔を交互に見比べ、その目には恐怖と畏怖の色が浮かんでいる。商人ダリウスも、脂汗を流しながら引きつった笑みを浮かべていた。
「た、タクミ殿……今の……その、岩は一体どこから……?」
「企業秘密です」
俺はそう言って、スマホをポケットにしまった。これ以上の詮索はごめんだ。幸い、ダリウスも深くは突っ込んではこなかった。彼にとって重要なのは、商品が無事であることだけだ。この一件で、俺の護衛としての評価は「有能だが、底が知れない不気味な男」というものに変わったようだった。
旅の残りは何事もなく、俺たちは無事に目的地の商業都市リューンに到着した。ダリウスは約束通り、金貨100枚の報酬に、感謝の印としてさらに50枚を上乗せしてくれた。懐は潤ったが、俺の心は晴れなかった。
『データ破損』『バグ』。
あの盗賊リーダーの解析結果が、頭から離れない。この世界は、まるで出来の悪いオンラインゲームのように、致命的なエラーを抱えているのではないか。
その夜、俺はダリウスの屋敷に招かれていた。護衛依頼のもう一つの目的――『曰く付き』の品の鑑定のためだ。
「これですな。我が商会が、とある遺跡から偶然発掘したものでして」
ダリウスが恭しく運んできたのは、黒曜石のような漆黒の素材でできた、複雑な紋様が刻まれた小箱だった。それは静かな、しかし確かな圧力を放っており、見ているだけで不安な気持ちにさせられる。
「高名な魔術師にも見せましたが、誰もこの箱を開けることも、呪いの正体を突き止めることもできなんだのです」
「……なるほど」
俺は頷き、スマホを取り出した。周囲からはただの黒い板にしか見えないだろう。リリアが心配そうに隣で見守っている。
俺は【画像解析】アプリを起動し、その小箱にカメラを向けた。画面に、解析データが流れ始める。
--- アイテム情報 ---
名称: [Error: NameData_Corrupted]
レア度: [Error: RarityData_Corrupted]
状態: 深刻な汚染。内部システムが崩壊寸前。
効果: [Error: EffectData_Corrupted]
備考: 周囲の魔素を無差別に吸収、暴走させています。これが呪いのオーラの原因です。
「……ひどいな。データがほとんど破損してる」
それは、あの盗賊リーダー以上に深刻な状態だった。だが、解析結果の一番下に、これまで見たことのない表示が追加されていることに気づいた。
[デバッグ・モードを起動しますか?]
※注意: 大量の魔力を消費します。
デバッグ・モード。SEだった頃の血が騒ぐ。原因不明のエラーなら、デバッグして中身を覗くのが一番早い。
「ダリウスさん、少し時間をください。この呪いの根源を叩いてみます。リリア」
「は、はい!」
「また頼む。俺に、君の魔力を」
俺はリリアに手を差し出した。彼女は一瞬戸惑ったが、すぐに俺の意図を察して、こくりと頷いた。彼女の手が俺の手に重なり、温かい魔力が流れ込んでくる。スマホのバッテリー残量が、『110%』『130%』と上昇していく。
俺はデバッグ・モードの起動ボタンを、強くタップした。
スマホの画面が、見慣れたアプリのUIから、黒い背景に緑の文字が流れるコンソール画面へと切り替わる。凄まじい勢いでログが流れ、破損したデータが修復されていくのが分かった。
[System]: Firewall_Core_07_Debug_Sequence_Start...
[System]: Corruption_Data_Scanning...
[System]: Virus_Pattern_Detected. Name:"WorldEater_Bug"
[System]: Repairing_Core_System...
数分後、ログの流れが止まり、画面に修復後の解析結果が表示された。
--- アイテム情報(修復済) ---
名称: 広域魔素安定化装置(ファイアウォール・コア)
レア度: SSS
状態: 正常(ただし、外部からの継続的な攻撃により不安定)
効果: 特定エリアの魔素を安定させ、世界の『バグ』――すなわち、法則の歪みやデータ破損から領域を防衛する。
備考: 現在、強力な『ウィルス』に感染させられたことで機能不全に陥っていた。デバッグにより一時的に安定化したが、根本原因であるウィルスの発信源を止めない限り、いずれ再汚染される。
「ファイアウォール……」
そういうことか。これは呪いのアイテムなどではなかった。むしろ、この地域の安定を守っていた、とんでもない代物だったのだ。こいつがバグったせいで、魔物が凶暴化したり、あの盗賊のように物理法則を無視する人間が現れたりしていたんだ。
俺が顔を上げると、ダリウスとリリアが息を呑んで小箱を見ていた。あれほど不気味だった黒いオーラは消え失せ、代わりに、静かで清浄な空気が満ちている。
「タクミ殿……これは……一体……?」
「呪いは解けました。ですが、これは一時的なものに過ぎません」
俺はスマホに表示された情報――ウィルスの発信源を示す座標データを睨んだ。それは、この国のはるか北方に位置する、古代遺跡を示していた。
「ダリウスさん、この『古代遺跡』について、何か知っていることはありますか?」
俺の問いに、ダリウスは目を見開いた。
「な、なぜその場所を……。そこは『神々の墓場』と呼ばれる禁足地……誰も近づくことのできない場所ですぞ……」
どうやら、俺の次の目的地は決まったらしい。
楽して生きたい、なんていう甘い考えは、もう通用しない。この世界は、俺という名のシステムエンジニアに、大規模なデバッグ作業を求めている。
俺は懐のスマホを握りしめ、まだ見ぬ世界のバグに、静かに闘志を燃やすのだった。
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