第37話

「かず君、約束は覚えているわよね?」

「あ、ああ、覚えているぞ?」


「そう、なら、もう分かるでしょう?」

「お、おう……」


 休日の和彦の自室であった。

 慣れ親しんだこの場所で、最近はいることが普通になってきている麗花に、和彦は詰め寄られていた。

 ちなみに和彦の両親は、


『ちょっと、今日は二人っきりにさせていただきたいのですが……』

 と、麗花が言い、


『分かったわ。じゃあ、お赤飯を買ってくるから』

『お願いします』

『ちょっと、二人ぃーっ⁉︎』


 ちょっとー、女子ー?

 と、和彦の叫びも虚しく、出掛けてしまったのであった。


 だから今は部屋だけではなく、家に二人っきりであった。

 成績が上がったら麗花の行為を受け入れる。ーー本番の約束はしていないけれど。

 その約束の履行であった。


 和彦もそれを了承し、覚悟を決めていた筈だったが、いざこうして見ると心臓がバクバクとがなりたて、逃げ出したいような気持ちにもさせられていた。


 だって童貞だもん。

 ーーという言葉では片付けられまい。


 もちろん、童貞として臆しているのも正しい心理の一つだろう。危険人物であろうとも、これだけの美少女たちに迫られて童貞を守り切ってきた男である。並大抵の童貞ではないのである。


 だが、健康な高校生男子童貞であれば、昂奮し、いきり立つのもまた真だった。

 それでも踏み切れられないのは、やはり、この一線を越えたらもう戻っては来られないという分水嶺、どころか、崖の上から飛び降りるくらいの気持ちが必要だからに違いない。


 和彦はごくりと唾を呑んだ。


 それは恐怖か諦観か、あるいは期待か。

 ーー期待が最後にくるのはお約束である。


 ただ、それでも期待していることも事実ではあった。

 麗花を見れば平然としている。

 こういう時、女性の方が強いのだろうか?


 ……いや、麗花の頬がほんのりと染まり、耳も少し赤かった。


「可愛いかよ」

「んぐぅっ、今そう言うのは狡いわ」


 いつも狡い麗花を押せるチャンスはそうそうない。だから和彦ももっと押したかったが、デッドラインの見極めを誤れば、即ファイっ!となってしまうだろう。


 だが、硬直していても結果は変わりないわけでーー。


「じゃあ、かず君やるわよ。ズボンを下ろしてちょうだい。かず君の手で」

「くぅっ……」

「あら、成績が上がったご褒美をもらいたくはないのかしら? それとも、私との約束を破るのかしら、かず君?」

「くぅうっ……」


 どくんっ、どくんっと和彦の胸が脈打った。

 彼はベルトに手をかけーー。


 ーークス。


 と、麗花が蠱惑的に唇を歪めた。


「そうね、かず君の場合はこうしておいた方が良いかしら」


 そう言うと麗花は、ポケットからスマホを取り出すと、とあるアプリを起動した。

 それは、黒とピンクのラインが渦を巻く、二人のキューピットである催眠アプリであった。

 ーーだからそんな禍々しいキューピットで良いのだろうか?


 だが、二人のキューピットには違いない。

 そう、今だって。


「かず君、ズボンを下ろしなさい。それで、私にされるがままに任せるのよ」

「…………」


 これは仕方がない。

 催眠アプリを使われてしまったら、もう彼女の言いなりになるしかないのである。


 ーー和彦は、大人しくズボンを下ろしたのであった。

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