第7話 赦されざる者

海底で出会った“存在”が、彼女に語ったのは、呪われた血の真実。




地上に戻った少女を待っていたのは、怒号と拒絶、そして彼の叫びだった。




火が走り、風がうねり、世界が震える。




それでも彼女は――「守る」と決めた。




“赦される”とは何か。


“共に在る”とはどういうことか。




旅の続きを選ぶふたりの姿を、見届けてください。


 海面に顔を出した瞬間、光と音が一気に押し寄せた。




 焼けつくような陽光。


 眩しさに目を細めた刹那、ざぶんと波が割れ――誰かが飛び込んできた。




 「サクラ!!」




 その声は、私の胸の奥にまで届いた。


 ユウトの手が、冷えた私の腕を力強く掴む。




 「よかった……よかった、本当に……!」




 彼は、震える声で何度もそう繰り返した。


 濡れた髪を払い、傷ついた指で私を引き上げながら、涙をこらえるように目を伏せた。




 「君を……助けられなかったら……僕は、自分を許せなかった」




 その言葉の重さに、胸が締めつけられた。




 だが――安堵の余韻は、すぐに打ち砕かれる。




 


 怒号と共に、島の民が押し寄せてきた。


 武器を手にし、顔を怒りで歪めながら、私たちを取り囲む。




 私は静かに、ユウトの手をほどいた。




 「下がって」




 その声に、彼は一瞬だけ戸惑ったが、何も言わずに後退した。




 私は、立ち上がる。




 ――もう、迷わない。




 風が渦を巻き、紫の光が天に向かって突き上がる。


 空気が軋み、大地が低く唸った。




 そして、魔力を解き放つ。




 紫電の奔流が、一瞬で空を裂いた。




 稲妻のごとく走る魔力が、浜辺を駆け抜け、周囲の岩を粉砕する。


 海が逆巻き、潮が巻き上がり、雷光が夜のように地を覆った。




 「……私は、魔王アドラメレクの娘、サクラ」




 私の名を告げた瞬間、雷鳴が轟き、天が震えた。


 その声は、全ての音をかき消すように圧倒的だった。




 「聖獣は、私を赦ゆるした――」




 私の足元から、紫の魔法陣が浮かび上がる。


 その模様が地面を這い、波打つように広がっていく。




 「ユウトたちを害そうとするなら、この島を――灰に変える」




 誰も、動けなかった。




 島の民は絶句し、震え、武器を落とした。


 恐怖に崩れ落ち、ただ祈る者もいる。




 その中で、一人の老人――島の長老が、足を引きずりながら前に出た。




 「魔王ノ娘……ナゼ……ヒトヲ……カバウ?」




 私は答えなかった。




 代わりに、ゆっくりと魔力を収めた。


 紫の風が静まり、稲光が霧散する。


 空には、晴れ間が戻っていた。




 「……私はもう、誰かの道具じゃない」




 その言葉は、風のように静かに、しかし確かに届いた。






――――




 船へ戻ると、修理を終えた帆が風を孕み、出港の準備が整っていた。


 港町の人々は、遠巻きに私を見ている。


 その視線には恐れがあった――でも、それだけではなかった。




 ユウトが近づいてきて、そっと笑った。




 「ちゃんと伝わってたよ。……君の意思が。みんなに。」




 私は何も言わなかった。ただ、彼の横に並んだ。






―――――


 船が港を離れ、帆が風を受ける。




 天気は明朗、風も揚々




 だが、東の海の水平線の向こう――雷鳴を孕んだ黒雲が、音もなく、こちらへと忍び寄っていた。


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