day18.交換所

 初夏の夜、仕事帰りにいつものラーメン屋に立ち寄った。


「藤乃さん、いらっしゃいませ」

「よお、理人」

「……僕、あと一時間で上がりますよ」

「相変わらず察しがいいね、お前は」

「藤乃さんが分り易すぎるんです」


 券売機で担々麺と餃子のチケットを買い、理人に渡す。空いていた席に腰を下ろし、水を飲む。


 一時間後、俺と理人は近くのファーストフード店のカウンターに並んでいた。俺の前にはアイスコーヒー、理人の前にはハンバーガーが二つ、ポテト、ナゲット、そして特大サイズの紙コップがある。


「菅野さんから聞いたんですか?」

「……知ってた?」

「ええ。ゴールデンウィーク前に聞きました。……どうぞ」


 理人が苦笑しながらハンカチを差し出す。それで、自分が泣きかけていることにようやく気づいた。


「泣くくらいなら、最初から菅野さんの気持ちに応えていればよかったのに」

「……それは無理。葵をそういう風には見られない」


 勃たないし――さすがにそれは、理人には言えない。


「大きい子が好きって、わざと大きな声で言ってたのも、たぶん葵をそういう対象にしたくなかったからだと思う」

「じゃあ、泣く資格ないですね」

「……ほんとにな。たぶん俺、理人に叱られたかったんだと思う」


 素直にそう言うと理人は微笑んで頷いた。


「叱るだけでよければ、いくらでも。今日、宿題が多くて困ってたんです」

「嘘つけ。お前に分かんない問題なんかないだろ」

「……そうでもありません」


 理人はトレーを脇に寄せて、カバンから教科書を取り出した。科目は化学と数学と英語。まあ、手伝えなくもない。


「ここなんですけど」

「これはさ……」


 化学の教科書を覗き込んで、説明していく。

 理人はこうして、俺の罪悪感やどうしようもないモヤモヤを、いつもさらっと払ってくれる。だからつい甘えてしまうけど、呆れられる前に、程々にしておきたい。


「悪いな、情けなくて」

「かまいません。藤乃さんはそれだけじゃありませんから」


 どうにも、こいつがくれるものに、俺が返せるものは釣り合わない気がする。いつか俺はこいつに借りをすべて返すことができるだろうか。

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