day17.空蝉

「ここにもついてる」


 ヒマワリの手入れをしていたら、葉に蝉の抜け殻がついていた。

 さっきからあちこちで見かける。好きでも嫌いでもないけど、そんなにいい思い出もない。

 友達以上、恋人未満の藤乃さんが、「俺はそういう“宝物”をあげたい相手もいなかったし」と言っていた。

 小学生のころ、ときどき蝉の抜け殻をくれる男子がいたけど、それが好意だったのだと今更になって気づいた。


「花音ー、手伝えー」


 ぼんやりしていたら、兄の瑞希の声が後ろから聞こえた。


「はいはい」


 瑞希を手伝いながら、ふと思いついたことを聞いてみる。


「ねえ、瑞希は誰かに蝉の抜け殻あげたことある?」

「なんだ、急に。ないな……いや、藤乃にはあげようとしたけど、いらないって言われた」

「……女の子にあげたことある?」

「ない」


 そこで、藤乃さんに言われたことを話す。何度も渡された蝉の抜け殻が、実は好意のしるしだったという話。


「そういう意味なら、俺も藤乃と同じだな。“宝物”あげたいと思う相手がいないし」

「そうなんだ。中高と彼女いたよね」

「は? ……あー、あれは……彼女ではねえな」

「ふうん」


 瑞希がそっぽを向いて手を動かすのに合わせて、私も黙って作業を続けた。


 兄は中学も高校も、わりと自由にしていた。よく女の子と一緒にいたし、私の友達にも「花音ちゃんのお兄ちゃん、かっこいいよね」って言う子が多かった。

 私にとっては兄だし、「そうかな……?」くらいにしか思えない。

 でも、そういえば瑞希は誰とも長続きしてないみたいだし、家に連れてきたことも、紹介したこともなかった。

 子供のころから今まで、瑞希が家に連れてきたのは藤乃さんだけ。


「……私たち兄妹、藤乃さんのこと大好きだよね」


 ついそう言ったら、瑞希が嫌そうな顔をした。


「は? 違うから。藤乃が俺らのこと好きなんだろ」

「そうかな」

「そうだよ」


 ライバルはお兄ちゃんか……ちょっと勝てる気がしない。

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