第1話-2 黒歴史とチャイムと青春と
歩き出したところで、猛々しくファンファーレなんて鳴りもしない。それはあっちも同じだけどね。
ちょっとだけ胸を張って、歩き出す。
前世が勇者って言うだけで、なんか鼻息荒くなる。だから何だと言われると困るけど。
しばらく歩くと、曲がり角から男子と女子が肩を並べてやってきた。ふーん、腕なんか組んじゃってね。
う、羨ましくはないけど、あの腕を組む仕草、思い出すんだよね。
よくある話、勇者様には婚約者がいた――エレーリア姫。
丸い瞳がキョロキョロと動き、笑うとエクボの可愛いお姫様。実は魔王討伐パーティの一人で、回復役。
「勇者様は私がお守り致します!」
なんて真顔で言っちゃう、天然箱入り娘。
……確かに守られること、多かったよね。
魔王討伐の暁に婚約したのは良かった。私が魔王の吐息もとい、最後っ屁であっけなく死んでしまい、残してきてしまった。
元気にしてるかなぁ。さすがに、もう結婚してるかな? 王女様だもんね、エレーリア。
――なんだろう、胸がきゅう、と苦しくなる。私以外と、か。
分かってるよ、その方が彼女にとって幸せ。でも……こう、とっておきの最後のチョコを食べちゃったあとの箱、みたいな気分。
そうはいっても私、今女子だしなぁ。ちょっと目の奥、ツーンとする。
ま、もし女神の暇つぶしかなんかで会えたとして、エレーリアのお眼鏡に合うならってことで。
エレーリアだって女子に転生するか分かんないし。
……ん? 今の私はどっちなんだ? 分かんなくなってきたぞ?
いかん、私はユークリッドの記憶を持つ、一般中学生女子だ。これ重要。
前のカップルは私の乙女心なんて知る由もなく、肩を寄せ合ってる。
……羨ましくなんか、ないんだからね。
軽く頬を膨らませてそっぽを向いた、その時。
キーンコーン、カーンコーン。
遠くで始業五分前の鐘がなった。
ヤバい。この距離じゃ間に合わない。
くそう女神め、どこまで私を苦しめるのだ!?
考え込んで、いっそ開き直り始めた時、ある記憶が蘇る。
それは勇者様九歳のこと。家の鍋を使って薬草の調合(という名のいたずら)をしでかしたことがバレて、覚えたての魔法を一発。
「ラピッド・レッグ!」
怒り狂う母さんを尻目に、家の玄関から飛び出した。家はあっと言う間に豆粒サイズに。
……結局「シルフィード・レッグ」で追いつかれて「ドラゴニック・フレイム」でお尻をこんがり焼かれたのは、別の話。
さて、魔法がこの世界でも使えるのか? どうせなら試してみよう。
私は頭に魔法陣をイメージし、呪文を唱える。
「ラピッド・レッグ――う、わっ!?」
唱え終えた瞬間、脚を風が包み込む。一歩踏み出すと、まさに風になる。
学校まで、なんと三十秒。校門少し超えちゃったけど。
確かに私はこれ系統の魔法は得意だった――勇者のくせに、逃げ足だけは。
どうやらこの身体ではまだ魔力のコントロールが上手く出来ないみたい。もう少し試してみないと感触が掴めそうもない。
頭をポリポリ掻く。
それはいいけど、髪はぐちゃぐちゃ、スカート、完全に風圧でめくれ倒してた。
それにカップルはじめ歩行者の皆さんをふっ飛ばしていた。
これは……コントロール出来るようになるまで、封印だ。
手櫛で髪を簡単にまとめると、私は何食わぬ顔で校門をくぐる。
後ろの毛がまだ、跳ねていた。
気づくはずもなく、私は席に付く。同時にチャイムがなる。
その時、左肩をつつかれた。柔らかな声が耳に響く。
「後ろ、跳ねてるよ」
宮下くんがシャーペンで頭の後ろを差した。
慌てて押さえる。……確かに。
「あれ、な、直んない……」
「どれどれ……」
わ、宮下くんの手が、頭に! そのまま髪を手櫛でとかしてくれた。
「うん、直ったよ」
爽やかな笑顔に、心の奥で何かが爆ぜた。
……顔、熱っつ。爆散するかと思った。さすが、バレー部エース。なんかいい匂いする。
懐かしい感じもするんだよね、何故か。あの風の、草の匂いが……なんてね。
どこかの魔王の口臭とは大違い。
そう言えば、香水って実は臭い匂いも混ぜてるんだってね。
「よかった」
そう言って、彼は前を向く。
ーーー
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