転生元勇者、魔王と隣席になる。 〜というかパーティ全員転生してきたんですけど〜
ひつじ堂(HITSUJI-DO)
第1話-1 女神と覚醒と黒歴史と
人生、やり直したいなって思う時、あるでしょ。
でもチートみたいなことなんて、ないなって心底思う。
……だって、やって来たのが“これ”だったから。
「勇者よ……今こそ目覚めの時……運命は汝を待っているーー」
ゴン。
頭からベッドから落ちた。いやほんと、まじで床固い。
目から花火ってまさしくこの事だよ。いや、そういうよりも『サンダー』? 何だそりゃ。
いつもよりも混線してる。教室の扉を開けたらいきなり崖っぷち、みたいな。
「いててて……」頭をさする。
でもそれどころじゃない。
思い出したのだ、前世を。私は思わず顔を覆う。炎いやマグマが吹き出しそうだ。
だって私の前世はーーユークリッド・シュバルツ、勇者だ。
仲間たちと魔王を倒し、世界を救った大勇者様。
いやいやいやいや、嘘だーって思うじゃん?
私も嘘であってほしかった。かっこいい記憶だけなら記憶の捏造、もしくは夢の続きって分かる。
でもね、あるんだよ。おねしょの記憶が。
勇者七歳、ポーション飲みまくって、寝た。父さん秘蔵のハイポーションも。
結果:おねしょ。
翌朝、母さんの『アルティメット・ライトニング』が落ちた。
ちなみに父さんは『サンダー・ストーム』。ちょっと弱かった。
やだ……たとえがあっち仕様になってる。
いやでも……ちょっと語彙、便利なのよ。なんか、こう、語感が強い。
とにかく、微妙に真実味、あるでしょ? 他にも色々あるけど、あまり掘りたくはない。
布団に顔を埋め、脚をバタバタ。
黒歴史が暴走する。
それにしても、生まれたばかりじゃなくて、よりによってなんで思春期なんだ。
ただでさえまだ基礎がグラグラなんだぞ。
ちなみに物心ついてから死ぬまでの記憶は、一から十まであるわけじゃない。ほら、行きてりゃ刺激の強いこと以外は間引かれていくでしょ? ちょうどそれくらい、っていうのがリアリティを増してる。
さて、それはさておき。
シュバルツって……『ヴァ』じゃないのね。
なんかこう、“ヴィ”とか“ヴァ”ってだけで急に格が上がる気がするの、わかる?
でもね、見た目はミスリルのような輝きの髪、サファイアの瞳だった。……ルビーだったらな、って正直、思った。ちょっとね、ちょっと。でもまあ、イケメンだったみたいだよ。
でも、この記憶――もしかしたら異世界への入口だったりして。
もしかして、これが中二的思考ってやつ?
いいじゃん、私中学二年生だし。
「ご飯だよー」
「はーい」
ついでに言えば、前世が勇者だろうとお腹も減るのだ。
私は返事をしつつ階段を駆け下りる。……ん? 身体、ちょっと軽い? これも前世の影響?
五段上からふんわりと着地。食卓につく。
コーヒーの香ばしい香りが部屋中に満ちてる。私は飲まないけど。昨日より心地よく感じるのは、ユークリッドが似た物をよく飲んでたからかな。
今度飲んでみようかな。ホットミルクを一口。
食パンにバターを塗ってかじりつく。朝の食卓は、幸せの匂い。
でもね、勇者様はニオイで死んでるのよ。
『魔王の吐息』。確かに魔王は私ことユークリッドが倒した。けど、最後に世界に爪痕を残していった。
地面から時々、致死性の瘴気が吹き出してくるようになった。それをね、吸っちゃったのよ。
――いや、臭かった。とにかく臭かった。
こっち風に言えば死因は、あまりの臭さにショック死だったと思う。穢れが身体を蝕んでもそれは死後だよ、絶対。
『吐息』じゃなくて、“最後っ屁”でしょ、あれ。
思い出しただけで、鼻の奥がツーンとしてくる。
空気を吸う。今は朝食の匂いで満たされていたい。
異臭のおかげか、ちょっと冷静になれた。
なんで今更、記憶なんて戻したんだ、あの女神。そもそもこっちの世界にも有効なの、女神の力って。
最近綺麗な女の人の後ろ姿、よく夢で見るな―とか思ってたら、何このテンプレ展開。
私は大きく息をつく。ホットミルクの湯気が揺れた。
多分、世界の危機とか、そんなんじゃない。たぶんね。暇つぶしとか興味本位だと思う。
目は泳いでたし、口元歪んでたもん、女神……。
運命神が何やってんだか。うら若き中二女子を巻き込まないで頂きたい。
ましてや、期末間近なんだから。
自分で言っておいて何だけど、全身に鳥肌立ってきた……こんなことしてる場合じゃない。
数学で次赤点取ったら、部活停止。他の教科だって“マシ”なだけであって、片足突っ込んでる。
異世界の危機より目の前の成績。
放課後の卓球タイムを死守するのが至上命題。
ごちそうさま、と手を合わせる。その余韻で思いついてしまう。
前世の記憶の分、私の脳のストレージ、食われてるんじゃない?
冗談じゃない。何やってくれてんの、女神。あ、でも封印してたのを起こしただけかも……結局使ってるのには変わりないじゃん。
ピンポン玉の音が遠ざかっていった。
朝から身体が重だるくなる。
「ほら遅刻するわよー」
母の声が、私のおしりを叩く。
私はスライムみたいにノロノロと玄関を開けた。
こんな日でも太陽は昇る。私は目を細める。
あの世界は太陽が二つ、あった。眼の前には一つだけ。二重の虹と一つの赤点。現実のが厳しい。
そう、ここは地球。こればっかりは女神も変えられない。
この世界に一歩、踏み出す。
ーーー
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