第11話 空虚な復讐者
死因は毒殺だったという。
犯人は見つからず、捜査は難航した。
恨みを抱えた犯罪者の犯行として、魔術治安局はあっさりと事件を処理した。
葬儀に参列するマティアスの耳に、人々の涙声も嗚咽も届いていなかった。
誰が何を話しているのか、もうどうでもよかった。
棺に横たわるライゼルの顔をただ見つめる。
無表情のまま、気づけば涙が頬を伝っていた。
マティアスはもぬけの殻のように、しばらく立ち尽くしていた。
だが彼を唯一突き動かしたもの、それは——
「誰が、ライゼルを殺したのか」
その真実だけだった。
彼は寝食を忘れ、必死に毒殺の原因を洗い出した。
やがて浮かび上がったのは、ライゼルの妻。
葬式で泣き崩れていたあの女性だった。
(本当に……彼女が?)
疑念を抱きながらも、マティアスは監視魔術で彼女の動向を追い続けた。
ただ真実だけを求めて。
やがて、彼女は夜の街外れにある古びた倉庫へ入っていった。
ライゼルの嫁「さあ、仕事は済ませたわ。早く金を頂戴。」
女の声は冷え切っていた。
ゴロツキ「ほらよ。」
怪しげな男が、重みのある布袋を無造作に投げ渡す。
ゴロツキ「へへっ……それにしてもひでぇ女だな。惚れた男を毒殺するとはよ。」
その言葉に女はかすかに笑った。
マティアスの嫁「あの人はいつも仕事ばかりで、私なんか見てくれなかった。
……これで、しばらく遊んで暮らせるわ。」
その笑顔は醜悪だった。
ライゼルの嫁「だいたい……あんな真面目で鈍感な男といたって、退屈なだけよ。」
怪しい男が下卑た笑みを返す。
ゴロツキ「俺たちもあの野郎には恨みがあったしな……へへへ……」
全てを聞き終えたマティアスの中に、重く鈍い殺意が芽吹いた。
しかし一瞬、踏み止まる。
マティアス(あのライゼルが愛した女だ……彼はこんなこと、望まないはずだ……)
だが、その夜、眠れなかった。
どうしてだ……どうして、こんなにも理不尽なんだ……
翌日、母との会合があった。
マティアスの母「まだ結婚しないのか?
普通ならもう嫁を娶り家庭を築くものだ。
お前はクロウ家の血を繋ぎ、優秀な魔術師を育てる義務が——」
母の叱責が耳を打つ。
だが今のマティアスにとっては、何もかもどうでもよかった。
翌日、彼は実験室で殺された魔法生物の死体を触媒に魔術を行う研究をしていた。
命の価値とは何か。
そんなもの、この世には存在しない。
人の言う“普通”や“常識”など、都合よく作られた幻想に過ぎない。
人を殺してはいけない?
傷つけてはいけない?
そんなことは——どうでもいい。
マティアスの唇が微かに歪む。
その笑みに、慈しみも哀しみもなかった。ただひたすら空虚だった。
ーーーーーーーーー
拠点へと歩みを進めるマティアス。
ゴロツキ「なんだこのガキ……ここはお前が来るとこじゃ——」
ゴロツキの腕が、一瞬で吹き飛んだ。
赤黒い飛沫がマティアスの頬を濡らす。
淡々と歩を進める彼の姿は、まるで血に飢えた死神だった。
やがて最後に現れたのは、ライゼルの妻だった。
ライゼルの嫁「いや……いやあ……命だけは……助けて……」
女は震え声で懇願する。
マティアスはただ無言で彼女を見下ろした。
ライゼルの友達「……あんた、ライゼルの友達の……」
女はようやく気づいた。
ライゼルの嫁「なに?正義の味方ごっこ?仇討ちでもしに来たつもり?
あはは……立派なもんね!」
マティアスは表情ひとつ変えず見つめ続ける。
ライゼルの嫁「さては……あんた、ゲイなんでしょ?
ライゼルのこと好きだったんだ!!
残念ねぇ!!
私は何度も抱かれたし、愛された!!
あんたが欲しかったもの全部、私が手に入れたのよ!!」
女は勝ち誇るように醜悪に笑った。
その言葉に、マティアスの空虚な胸にライゼルの笑顔がよぎり、微かに痛みが走る。
マティアス(こんな女のために……あいつは死んだのか……
あいつが愛した女は……こんなにも下劣な存在だったのか……)
マティアス「……お前は、殺すだけでは生ぬるい。」
マティアスが杖を構える。
無数の魔法陣が彼女の足元に広がった。
その瞬間、闇色の虫が湧き出すように現れ、女の体を這い回った。
口から、鼻から、耳から、目から、次々と侵入していく。
ライゼルの嫁「ひっ……あっ……や、やめ……」
女の声がかすれる。
マティアスは冷たく回復魔術をかけた。
マティアス「何度でも……死より苦しい思いを味わうといい。」
その顔には、血も涙もない、ただ歪んだ笑みだけがあった。
やがて飽きたマティアスは彼女の首を刎ね、立ち去った。
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実家に戻ると、母が怯えの表情を浮かべていた。
マティアス「母様……ここまで育ててくれて、ありがとうございます。
でも……私はクロウ家のためではなく、自分のために生きます。」
剣閃が閃き、母の首が落ちた。
返り血を浴びた彼の頬には、感情すら残っていなかった。
燃え落ちる屋敷を背に、マティアスはただ歩き出す。
この日、クロウ家は完全に終わりを告げた。
---
やがて彼はライゼルの墓前に立ち、土を掘り返す。
マティアス「……俺が女だったら……お前は、俺のことを愛してくれたのか?」
返事などない。
夜風が頬を撫でるだけだった。
マティアス(分かってる。最低なことをしたし、お前から嫌われるようなことばかりしてきた。
でも……それでもいい。
次に会う時は、女になって。
復活したお前に、この想いを告げたい。
どれだけの命を奪っても……壊してでも……
お前に愛されたい、それだけが、俺の全て……)
微笑む彼の表情には、狂気と絶望と、そして微かな愛しさが入り混じっていた。
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