第9話 鹿人さん、竜人さまを探す
ついに、その日、雨乞い祭りの日がやって来てしまいました。
踊りを竜の神に奉納し雨を乞い願うこの行事は今年で126年目。由緒正しいこの祭りで規律を乱さないようにと先生に強く念を押されました。
注意事項を確認し、盗撮禁止のためスマホを先生預けてに教室を出ると、あじさいのアーチと賑やかな露店が大通りに広がります。
この雨乞いの祭りの日は竜華学園が地域の人々にも開放されるため、生徒と大人が入り乱れる不思議な空間になります。
連日の猛暑日が続いているのもあって竜人による雨乞いへの注目度は高く、カメラを構えた報道陣なども見えます。
露店で買ったポップコーンを食べつつ歩いていると、隣に居る兎原さんがわたしに尋ねました。
「それで誘えた?その竜人さま」
「サソエマシタヨ」
「嘘だね」
「誘えませんでした」
あれから竜人さまは花壇に訪れることがなく、竜人さまを誘えないまま雨乞いの祭りの日が来てしまったのです。
このままでは土竜さまと兎原さんのデートがなくなってしまいます。
「話すタイミングが全然見つからなかったのです」
「じゃあ、会うならやっぱりお披露目後の供物捧の時だよね」
今から十五分後に雨乞い祭りのお披露目が始まります。お披露目では、竜の舞踊を行う竜人がパレードのように中央通りを練り歩きます。雨乞いの衣装を着て練り歩くので華やかなものになるのです。
そしてそのお披露目が終わった時に、供物という形で舞踊を披露する竜人にプレゼントを渡すことができます。その時に竜人さまと接触するーーという計画を兎原さんが立ててくれました。
「そういやプレゼント何にすんの?」
「これにしようかと」
わたしは鞄から透明な袋を取り出しました。中にはパンジーの生花で飾り付けられた角飾りが入っています。お母さんに頼んで鹿人の保存式をかけて貰ったので、パンジーの花は三日くらい綺麗なままです。
「これはまた重いものを……」
「え、重いですか」
「まぁいっか。新しく準備する時間もないし」
兎原さんは諦めたように言います。
兎原さんに見送られてグラウンドの近くに行けば、竜人さまに供物を渡す方で長蛇の列ができていました。綺麗な竜人の方が多くて気が引けますが勇気を出して乗り込みます。
わたしの手元には、パンジーの花の角飾りがあります。これを渡して竜人さまを雨乞いの屋台巡りに誘う。誘うったら誘うのです。
すると、列の前後から棘のある声が聞こえます。
「鹿人じゃん。恥ずかしくないのかな」
「鹿人だから恥とかないんじゃない?」
周囲に鹿人は居ないので、わたしに向けられた言葉でしょう。
その言葉で喉の奥に苦々しいものが広がります。兎原さんから貰った勇気がしぼんでいくのを感じました。
パレードの音がグラウンドに鳴り響きます。背伸びをして竜人さまを見ようとしますが人でごった返していて見えません。
長い列に揉みくちゃにされながら待っていれば、ついにわたしの番が来ました。
「鹿人さん?」
竜人さまに声をかけて頂けました。
そこにいた竜人さまは竜の舞踊のための衣装を身に纏っていて、優雅なお姿でした。
そのお姿もあって身が縮むような感覚がします。心臓がきりきりと痛んで指先が震えます。
おそるおそるわたしは竜人さまに差し出しました。
「これ、受け取って欲しくて」
わたしはパンジーの花の角飾りを渡します。竜人さまは驚いたような表情を浮かべました。
そして、ここで竜人さまを祭りを一緒に回らないかと誘うのです。
ふと、周囲からの視線を強く感じました。なんでこんなところに鹿人がいるのか、とでも言わんばかりの。至極当然の反応ですが、それを意識すると、とたんに勇気がどんどん沈んでいきます。
祭りに誘うだなんて、分不相応なのではないでしょうか。
竜人さまに?鹿人のわたしが?
そんなの、できるわけが、許されるわけがありません。はじめからそうです。一体、何を思い上がっていたのでしょう。
わたしは言います。
「竜人さま、舞踊、応援してますね」
結局、わたしは臆病な鹿人のままみたいです。
竜人さまは努力して努力して飛ぶことができたのに。わたしは勇気を出すこともできず、誘うこともできず逃げました。
でも、良いんじゃないのでしょうか。わたしは竜人さまの友だちでもなんでもなく、ただの花壇の水やり係。花壇がなければ一緒に居られないような関係性です。
むしろ、鹿人なのに竜人さまに供物を渡せたのです。感謝すべきではないのでしょうか。
わたしは自分にそんな言い訳をして供物を渡す列から離れます。
喧騒の中、一人で歩いていると自分だけが一人ぼっちなような気がして仕方がありません。思い上がりも甚だしい自分が責められているような気がします。
とぼとぼとグラウンドから出て歩いていけば、そこには兎原さんがいました。わたしを待ってくれたのでしょうか。何も言わないわたしを見て察してくれたのか、ぽんぽんと頭を撫でてくれました。本当に優しい友達です。
「兎原さん」
「どした?」
「一緒にお祭り回ってください」
「いいよ〜」
兎原さんは笑顔でわたしの手を取ります。その手を拒むことができず、土竜さんに申し訳無い気持ちでいっぱいでした。
第十話 鹿人さん、竜人さんを探す
こうして竜人さまを誘うことができず兎原さんと露店を巡ることにしたわけですが、やはり友だちとの祭りは楽しいものです。
毎日通っている学校でいつもとは違うことを存分にできるのはとても楽しいものです。露店で兎原さんとお揃いのリボンを買ったので家宝にしようと思っています。
ついつい竜人さまを誘うことのできなかった自虐を呟いてしまいますが、兎原さんはわたしを責めずにただただ慰めてくれました。
兎原さんと露店を何個か巡ったとき、ふいに兎原さんが後ろを見て叫びます。
「あ、土竜!?」
兎原さんの視線の方向を見れば土竜さまがこちらに向かって歩いてくる姿がありました。竜人が歩いている、と人でごった返している大通りの人の波がモーセのように割れてゆきます。
だいぶ目立つその様子を見た兎原さんの判断は早いものでした。
「まい、逃げるよ」
わたしの手を取ると、露店の隙間を縫って大通りから人気のない通りに出ていきます。
「おい、待て!!」
「来んな!!」
土竜さんの声が聞こえますが兎原さんは端的に拒絶します。しかし土竜さんは怯むことなくわたしたちの方へと走っていきます。
すると兎原さんはわたしの首に抱きついて言います。
「まい、わたし運んで!!」
兎原さんが足を上げたので、彼女の足と腰を支える形、つまりお姫様抱っこの形でわたしは兎原さんを抱えます。嬉しそうな兎原さんの表情を片目にわたしは北へと走っていきます。
「さすがまいは早いね!!」
「これだけが取り柄ですから」
鹿の取り柄はどこまでも走るこの足。こういう時くらいでしか有効利用できないので、兎原さんが喜んでくれているみたいで嬉しいです。
「てか何よあいつ。まいと行くからって行くの断ったのに」
「土竜さまも一緒に露店回りたいのでしょうか」
「誰があんなデリカシーのないやつと望み望んで露店行くのよ」
閑散とした細い通りで兎原さんを抱えて走れば、ふいに天から影が落ちます。見上げれば、それは翼を広げて飛ぶ土竜さまでした。
「げ」
わたしたちの目の前に降り立つ土竜さんを見て、兎原さんは吐き捨てます。
「翼はずるいでしょ」
「ずるくねぇわ。どっちかというと鹿川の足を使う方がずるいだろ」
「せっかく鹿川とのデート満喫してたのに」
デート、という単語に土竜さまは一瞬たじろぎますが、すぐに立て直してわたしに視線を向けます。
「用事はお前にじゃねぇよ。鹿川に聞きたいことがあってな」
「わたし?」
「あぁ。お前が供物渡した竜人いるだろ。そいつが行方不明でな」
それは竜人さまのことでしょう。その竜人さまがこのタイミングで行方不明というのは、あまりに。
「え。やばくね。雨乞いまで三十分しかないじゃん」
「まぁ、補欠に一応鹿竜がいるが、あいつ全然練習来ねぇし踊れねぇだろな」
もうすぐ竜人さまの舞台なのに行方不明になっているのは心配です。竜人さまは真面目な方ですから急に投げ出す人ではありませんし、何かあったとしか思えません。
「探しに行く?」
兎原さんにそう尋ねられて一瞬躊躇った後に言いました。
「探しに行きたいです」
「居ませんね」
探すと言ってもこの竜華学園の敷地は広大なものです。どこにいるのか。
試しにいつもの花壇に来てみましたがそこには竜人さまは居ませんでした。
腕時計を見てみればあと舞踊の時間まであと残り十分。心臓が痛くなります。
花壇から出て北の方向にひた走っていると、ふと、パンジーのかすかな匂いがしました。それはわたしが竜人さまに渡したパンジーと似た匂い。
その匂いを追って走ると、そこは飛竜科の校舎です。
飛竜科の校舎には普通科は入れません、がここに竜人さまが居るのであれば行かなくては。
扉の警備員が竜人の対応をしている隙を見てすばやく侵入しました。この大胆さをなぜ普段使えないのかと悔やまれますが、今はそんな反省をしている暇はありません。
飛竜科に入るのは二度目。一度行ったおかげか前より心に余裕がありました。
警備員さんの目を潜りながらパンジーの匂いを辿って飛竜科の校舎をひたすらに巡っていると、見覚えのある扉でした。通りすがりの竜人に連れてこられた場所です。そこからパンジーの匂いがします。なんだか気味が悪いです。
わたしの鼻が正しければ、この扉の向こうに竜人さまが居ます。
とんとんと扉を叩けば声がしました。
「誰か居るか!?」
「竜人さま、お怪我ないですか?」
その声は竜人さまのものでした。場所が分かって安心ですが、雨乞いが始めるまで時間はあと二分。悠長にはできません。
竜人さまは焦燥感のある声で、誰かに故意で閉じ込められたような、そんな状態に見えました。
「こんな扉」
竜人さんはこんな扉の中に押し込められるべき方ではありません。誰よりも優しいこの人になんてことをするのでしょう。
わたしが腹を立てていたのは事実です。
いくら雨乞いの踊り手になった竜人さまが妬ましいからといって、こんな場所に閉じ込めるだなんて酷いと思いました。
苛立ち紛れに扉を蹴りました。
ですが、まさか。
「え」
扉が壊れるとは思っていなかったのです。
バリ、という音がして、まずいとは思いました。
扉の木の部分が障子のように破れ、扉を半壊させるほどのエネルギーをもって扉を壊していた自覚はまるで無かったのです。
「鹿人さん?」
半壊し穴を開けた扉ごしに竜人さまと再会するだなんて、全く予想もしていなかったわけです。
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