竜華学園の花壇には、水やり係の鹿人さんと竜人さまがいる。

@sunaha10

第1話 鹿人さん、水やり係になる


 もし、神様が決めた運命がすべての人にあるとすれば、わたしが常に損な役回りをしているのも運命なのでしょう。

 そんな全く嬉しくもない運命の一つが、初めて参加した緑化委員会の会議でした。

「じゃあ、鹿川さんが水やり係ってことでいい?」

 そう言われた瞬間、ああ、またですか、と気持ちが沈みました。そんな気持ちになったのは今日が初めてではありません。今まで何度もこういう損な役回りをさせられてきました。慣れています。

 でも少しは運命に逆らって足掻いてみようと、わたしは恐る恐る尋ねました。

「えっと、それは、何曜日の担当で?」

「え? 鹿川さん、鹿人でしょ? 毎日やってよ」

 あまりにも当然のように返されて、言葉が詰まりました。

 鹿人とはわたしの種族の名前で、頭から鹿のような角が生えているのが特徴です。臆病で気弱なせいで面倒事を押し付けられることが多いのです。

 委員会の教室を見渡せば、席には所狭しと生徒が座っています。緑化委員にはこんなにたくさん生徒がいるのに、わたしひとりに毎日水やりをさせようとしているのです。

 それは納得できることではありません。

「あの、さすがに、一人で毎日は、ちょっと」

「でも鹿人って、うちの委員会には鹿川さんしかいないから。ごめんね?」

 ごめんね?

 その言葉に、協力する意思は感じられませんでした。水やり係を鹿人がやるのが当然かのように聞こえました。

「それでも。やっぱり、一人なのは」

 必死に食い下がろうとしたとき、ふと視線を感じて顔を上げました。

 わたしに向けられていたのは、無言の圧力でした。

 冷たい目。黙って従え、これ以上時間を無駄にするなと言わんばかりの。

「やってくれるかな?」

 声こそ優しげでも、その目には面倒くささが滲んでいました。

 本当は、逃げ出したかったです。聞かなかったふりをして、この場から消えてしまいたかったです。

 でも、臆病な鹿人のわたしには、それすらもできませんでした。

 鹿は群れの社会で生活する生き物です。群れの輪を乱すような行いは排除に繋がることは、鹿人のこの血が強く覚えています。

 わたしは、椅子に座ったまま、従順に小さく頷きました。

 その瞬間、教室に拍手が巻き起こりました。

 それは称賛でも、感謝でもなく、決定を覆させないための、重たい拍手でした。

 わたしは、その中でただ黙り込むしかありませんでした。


 鹿は臆病な生き物です。自分より強そうな生き物に立ち向かうことはなく、天敵からもすぐに逃げ出します。

 けれどその臆病さは、鹿が太古から生き延びてきた強みでもあります。

 長い歴史をもってしても、人間は鹿を家畜化することはできませんでした。危険を察知してすぐに逃げ出す鹿のその習性が、柵の中での暮らしを拒んだからです。

 つまり、鹿が臆病なのは生き延びるための、そして支配されないため戦略であり、本能なのです。

 ですが鹿の真の強みはどんな時も逃げ出せる力です。臆病だからこそどんなに強大な敵からも逃げ出し、柵の中に囚われないその自由さが鹿の強みです。

 では、ここから逃げ出す勇気も持てない私は、果たして鹿人を名乗る資格を持っているのでしょうか。


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