第7話

 文化祭当日。

 2年B組のお化け屋敷には、朝から長蛇の列ができていた。


「えー、この列、マジ? 他のクラスより人気じゃん」


「やっぱ結城の“鬼演技”がウケてんだろ」


「うちの看板、実はヤンキーでしたとか笑うしかねぇ……」


 クラスメイトたちがバタバタと準備を整える中、俺は暗幕を吊るしていた。


「悠真ー、こっちの骸骨、吊るし方わかる?」


「おー、わかる。そこ通すだけで――」


 会話も自然と増えた。

 文化祭の熱気が、クラスを、そして俺たちの距離を、少しずつ変えていくのがわかる。


「相沢、結城といい感じじゃん」


 不意に陽翔が肩を叩いてきた。


「へ?」


「お前さ、最近マジで顔つき変わったよ。なんか、楽しそう」


「……そう見える?」


「うん。前より、“誰かを見てる”って感じがする」


 陽翔の言葉に、胸が少し熱くなる。


 たぶん、正解だ。

 俺はいま、ずっと――レイナを、見てる。


     ***


「おい、そこのカップル!」


 客の男子生徒が悲鳴を上げる。


「こ、こわいこわいこわい、え、なにあの迫力!?」


「えっ、あの女の子、演技上手すぎ……!?」


 ……いや、演技じゃない。あれ、ほぼ素のレイナだ。


 レイナは教室の奥の暗がりで、鎌を持って仁王立ちしていた。

 睨むだけで男子高校生を数人黙らせるその迫力は、ある意味最強。


 だけど――


「悠真ー。はい、アメちゃんあげる。声ガラガラになったから、喉ケア~」


 休憩中のレイナは、まるで別人だった。


「……なんでそんなに甘やかしてくるの?」


「ふふ、だって悠真、頑張ってるから」


「俺より頑張ってんのそっちだよ」


「ん~? じゃあ、お互いに労い合お?」


「なんだよそれ……」


 こそっと2人きりになった廊下。

 誰もいないのを確認して、俺は言った。


「今日、楽しいな」


「……うん。あたしも」


「でも、こういう日って、すぐ終わっちゃうよな」


「そうだね。だから――」


 レイナは、ふと俺の手を取った。


「少しくらい、わがまま言ってもいいよね?」


「わがままって……」


「こうやって、手繋いだまま、少し歩いてみたい」


 俺は言葉を返せなかった。


 でも、代わりに、彼女の手を少しだけ強く握った。


 あたたかい。

 この温度が、俺の“今の気持ち”の全部だった。


     ***


 文化祭のエンディングは、校庭でのキャンドルナイト。

 灯る明かりが、秋風に揺れる。


「ねえ、悠真」


「ん?」


「今日は、ありがとう」


「こっちこそ。お前と一緒で、本当によかった」


「……」


「なに?」


「なんでもない。ただ……好きって、こんな感じなのかなって」


「……えっ」


「ばか、聞こえてないってことにしてよ」


 顔を赤くして逸らすレイナの横顔を見て、俺は心の中で静かに呟いた。


(聞こえなかったふりなんて、できるわけないよ)


 だけど、今は言わない。

 この手を離さないことだけが、俺の返事だった。

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