第5話

 夏が終わり、秋の風が吹き始める頃。


 2年B組は、文化祭の準備に追われていた。


 黒板には「文化祭企画案」と大きく書かれ、たくさんの付箋が貼られている。出し物は、どうやら「お化け屋敷」でほぼ決まりらしい。


「相沢くん、これ資料室まで運んでくれる?」


「あ、うん。大丈夫だよ」


 クラス委員の女子から渡された段ボール箱を持ち上げようとした瞬間、隣からすっと手が伸びてきた。


「持つよ、それ」


「え……レイナ?」


 その声に、教室の空気がピリッと張り詰めた。


 いつもは文化祭準備にもほとんど関わらないはずの彼女が、自ら手伝うなんて。

 教室内の視線が一気にこちらに集まるのが分かった。


「……なに、珍しいじゃん、結城が手伝うなんて」


「台風でも来るんじゃね?」


「いや、あれで相沢とペアとかウケるだろ」


 そんな囁き声が、背中越しに聞こえてくる。


「気にすんな。いくぞ」


「……あ、うん」


 俺はレイナと一緒に、段ボールを持って教室を出た。

 でも、その背後で、確かに誰かが言った。


「最近、結城って誰かと付き合ってんのか?」


     ***


「……なあ、今の聞こえてた?」


 資料室へ向かう途中、俺はレイナにそう尋ねた。


「うん、聞こえてた」


「……気にしてない?」


「ううん、めっちゃ気にしてる」


 レイナは苦笑して、肩をすくめた。


「でもさ、無理して他人に合わせるより、悠真といる方が楽なんだもん。だから、いいの」


「……でも、バレたらさ」


「バレてもいいよ?」


「は?」


「だって、バレたら“付き合ってる”って思われるでしょ? 別に、それでもいい」


 レイナはさらりと言って、俺の前を歩いていった。

 その背中が、なんだか少しだけ――寂しそうに見えた。


     ***


 放課後、文化祭実行委員のペア発表があった。


「2年B組、装飾班は――相沢悠真と結城レイナ、ペアでお願いします」


「え……」


 思わず、隣のレイナを見た。


 彼女も、一瞬目を丸くしたあと、ニヤッと笑った。


「運命、かな?」


「そんな軽く言うなよ……!」


 教室内がざわついた。


「マジかよ、あの2人ペアって……」


「てかさ、最近本当に距離近くね?」


「絶対なんかあるって」


 ――噂は、もう止まらない。


     ***


 その夜、家に帰ると、レイナはいつもより静かだった。


 ソファに座って、テレビをつけたまま、ぼーっとしている。


「レイナ……?」


「……あたしさ」


 ぽつりと口を開いた。


「噂とか、平気だと思ってたんだよ」


「うん」


「でも、いざ“誰と付き合ってるんだろう”って探られるの、やっぱり……ちょっと、怖い」


「そっか……」


「……でも、一番怖いのは、悠真が“迷惑だ”って思うこと」


「……俺が?」


 レイナはそっとこっちを見て、言った。


「もしさ、あたしと一緒にいることで、悠真が嫌な思いするなら……あたし、家出るよ?」


「――は?」


 瞬間的に言葉が出た。


「なに言ってんだ、お前……そんなわけないだろ!」


「でも、あたしのせいで――」


「俺は迷惑なんかじゃないって、何回言えばわかんだよ!」


 言いながら、気づいた。

 ――俺、怒ってるんだ。


 レイナが、自分を下に見てることに。

 すぐに離れようとすることに。


「俺はお前がいると助かるし、楽しいし、嬉しいんだよ。……なんで、それを信じてくれないんだよ」


「……ごめん」


 レイナの声は小さく震えていた。


 だけど、俺の方がもっと震えてた。

 なんだろう、この気持ち。


 ただの同居人じゃない。

 ただの友達じゃない。

 もしかして――


(……俺、レイナのこと……)


     ***


 その翌日。


 ほのかが、俺の教室のドアをノックした。


「悠真、ちょっといい?」


「……うん」


 廊下に出ると、彼女は言った。


「文化祭の日、レイナさんと一緒にいるって本当?」


「……ああ、実行委員でペアになって」


「そっか」


 ほのかは、静かに頷いた。


「ねえ悠真。あたし、気づいちゃったかもしれない」


「なにを……?」


「あなた、あの子のこと――」


 その言葉の続きを聞く前に、チャイムが鳴った。


「またね」


 ほのかはそれだけを残して、去っていった。


 教室に戻る足取りが、妙に重たく感じた。

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