第二十六話 聖堂での戦い
この国の中心にある聖教会。各区にそれぞれ支部の教会はあるが、中央区の聖教会が本部となっている。精巧な石造りの構造を持つこの建物には、連日老若男女さまざまな人々が祈りを捧げる為に訪れていた。
「セレス、君に聞きたいことがあって来た」
教会敷地内にある離れの聖堂で、一人佇んでいるセレスにワイアットは声を掛ける。
白に近い金髪の髪、前髪は真ん中に分け、顔の輪郭に沿うように流してあり、後ろは一つにまとめている。高品位な白色の生地に金色の装飾が施されている聖衣を着ているどこか妖美な女性。名前を呼ばれ、ゆっくり振り返り微笑みを見せる。
「ワイアット、久しぶりね。会いに来てくれて嬉しいわ。お茶でもどうかしら?」
「いや、結構だ。フィオナのことで話がしたい」
笑みを浮かべていたセレスの表情が一変し、悲痛な面持ちに変わる。
「あの子には悪いことをしたわ。この国の魔法結界強化の為とはいえ、北の塔へなんて行かせなければ良かった。私のせいで、私が計画したせいで、もう帰ってこれないなんて……」
「セレス、何を言っているんだ?」
「でもねワイアット、安心して欲しいの。あの子の代わりは私が頑張るから。だから話せなくなったあの子の仕事をずっと私がしていたのよ。しょうがないわよね、言葉が出なくなって何も出来なくなってしまったのだもの。ワイアット、あの子を失って今は辛いでしょうが、私がいるわ」
セレスはワイアットに近付くと頬に手を添え顔を見つめる。セレスの紫色の瞳が血のような赤い瞳に変わっていく。
「私を見て」
ワイアットはセレスから視線を外せなくなっている。
「貫け氷塊! 氷結魔法発動!」
「ちっ!」
先鋭な氷の塊がセレスへ向かって放たれた。しかしセレスはその場から離れ回避する。
「ワイアットさんしっかりしてよー! 魅惑魔法にかかるとこだったじゃん!」
「す、すまない、助かった」
少しふらついているワイアットにアーティは喝を入れる。
「よくもフィオナを閉じ込めようとしたな! 封印魔法で話せなくしたのもあんたでしょー! ネタはたっくさん上がってるからヘタな誤魔化しは出来ないよー!」
「……誰?」
「名乗るほどの者じゃないのでー。あれ、この人前見た時銀髪じゃなかったっけ? 目の色も赤じゃなかったよね? 気のせい?」
「そういえば違うな。君は本当にセレスなのか?」
「ワイアット、仲間を信じてくれないの?」
セレスは再度ワイアットをじっと見てくる。セレスの視界からワイアットを隠すようにアーティはセレスの前に立つ。
「まーた魅惑魔法? ワイアットさん耐性ないからなー。これ、装備してください。状態異常系への耐性がつきます」
アーティは荷物から濃い青色の石がはめ込まれた銀の腕輪を出すとワイアットへ渡した。ワイアットはすぐに装着する。
「さーて、さっきの話聞いてたけど何でフィオナが戻ってこない前提で話進めてんの? やっぱり厄介払いだった? だとしたら残念でしたー! フィオナは閉じ込められてないし、魔物には指一本手出しさせてないしー、爆発にも巻き込まれてないよーだ!」
「どうしてそれを……」
「全部突破したからね! 仲間たちと共に!」
ふふんっと鼻を鳴らし、アーティは得意げな顔をする。
「ついでに言うと、フィオナの封印魔法も解除済み。あんたの計画は全部見事にご破産ってこと。さあっ、観念してもらおうじゃないの!」
「セレス、君が何をしようとしていたのか、教えてくれないか?」
「私も知りたいわ」
「!? 何故ここに……」
フィオナの姿を見てセレスは唖然となる。
「どうして、どうして、計画は完璧だったはず……。何が起こったの、いったい……」
「セレス、私、貴方に何かした? 同じ目的を持って一緒に旅をした仲間だからこそ分かり合えると思っているわ。だから……」
「うるさいっ!」
フィオナの話にセレスは感情的に声を荒げる。アーティは怒鳴られて固まっているフィオナの前に守るように立つ。
「冷静ではないようだな。また日を改めて伺うとしようか」
セレスの異様な雰囲気にワイアットはこれ以上の話は無理と判断し、その場から立ち去ろうとした。
「ここで消してしまえばいいのよ……。そうすれば全部、全部手に入るわ……。計画は、計画はまだ終わっていない!」
「フィオナ! 今すぐ全体魔法で光の防壁張って!」
「えっ! わ、わかったわ! 光よ、壁となり我らを守れ、最大光防御魔法発動!」
「炎よ、骸残さず全てを焼き尽くせ、最大爆炎魔法発動!」
「うおっ!」
セレスが放ってきた巨大な火球にワイアットが驚きの声をあげる。直前にフィオナが発動していた光の防壁が三人を包み込んでおり、火球のダメージは受けなかった。
「うへぇー、あっぶなー。最上位の爆炎魔法使えるのおかしくないー!? 元はあの人僧侶でしょー」
「そうよね、大司祭になったからって習得できる魔法じゃないわ」
「やっぱ操られてるか取り憑かれてるかなんじゃないのー」
「あ、あれを見ろ! 空間が歪んで!」
「うーわっ、魔獣四匹も呼んじゃうんだ。確実にヤル気だねー」
セレスは凍りついた笑みを浮かべながら攻撃態勢を取り始めていた。
「くるぞ!」
ワイアットは剣を抜き、襲いかかってきた二匹の魔獣に斬り掛かっていく。アーティも長剣を構え敵を見据える。フィオナもまた次の攻撃に備え、自身の魔力を高めていた。
「不浄の大気よ、我の元へ集いて爆ぜよ、最大爆発魔法発動!」
「魔の力、闇に還し無力となりて届かぬ、最大相殺魔法発動!」
「なっ!?」
セレスは最上位の爆発魔法を使ったが、アーティの魔法により無効化され、一瞬で打ち消されてしまった。
「すごいわアーティ! あんな強力な魔法、私の防壁で堪えられるか分からなかったわ!」
「魔法書のあの魔法、試し撃ちしてて良かったよ。相殺魔法って相手の魔法を理解できてないと発動無理なんだよね」
「くっ、何者だ、お前は」
「だーかーらー、名乗るほどの者じゃないってば。あえて言うなら聖女の守り手やらせてもらってまーす」
屈辱で歪んだ表情のセレスにアーティは軽口を叩く。セレスは更に激昂した。
「ふざけたことを! 行け魔獣ども!」
「フィオナ、魔獣一匹お願いね。四匹目とセレスは私がやるよ」
「やり過ぎないでね!」
「りょーかーい!」
アーティは魔獣目掛けて勢いよく突進する。理性を失っている魔獣は獲物目掛けて飛びかかる。アーティは突進の威力を活かして魔獣の上へと跳躍し、一気に剣を突き刺し絶命させた。即座に魔獣から剣を抜き、セレスへと体勢を向き直す。
「風たちよ、無数の刃で切り散らせ、最大風まほ……」
「捕らえよ固く、全てを委ねよ、最大捕縛魔法発動!」
「きゃあああーーっ!」
次なる攻撃魔法を発動させるためセレスは詠唱を始めたが、アーティの魔法が発動速度を上回っていた。セレスの周りをひらひらと光のベールが包み込んだ瞬間、ベールは強く巻き付き、セレスは身動きが取れなくなっていた。
「んーーっ! んうーーっ!」
「大丈夫大丈夫、鼻で呼吸できるようにはしてあるから。次から次へと上級魔法ぽんぽんぽんぽん出されても厄介だしー」
「アーティ、こっちは終わったわ」
「こちらも片付いた。ってセレス、布で巻かれていて、まるでミイラのようだな」
ワイアットの発言にぶふっとフィオナが吹き出す。下を向き顔を隠しているが、肩をブルブル震わせており、笑いを堪えていることが分かった。
「フィオナ、聖魔法の魔力分けてくれる? なるべく高出力で」
「わ、分かったわ」
アーティは視線はセレスに置いたまま、フィオナの方へ左手を差し出す。フィオナはその手を両手で握りしめ、自身の魔力を流し込んだ。
「オッケー、もう充分。ありがと」
「どうするんだ?」
「とりあえず、裂く!」
握っていた長剣を鞘に収めると、アーティは両手を合わせ一気に広げた。眩い光をもった剣が出現する。
「何だそれは! 見たことがない!」
「フィオナから貰った魔力を込めた剣だよ。私は聖魔法使えないからねー。これじゃないと本体無傷で裂けないから、多分。んじゃ行きます!」
アーティは剣を構えると一直線にセレスに向かっていく。セレスは捕縛魔法の効果から逃れることができずにもがき続けている。
「ちょーっと痛いかもよー! 分かんないけどー!」
セレスの身体目掛けて剣が振り下ろされた。
「ギャヒィィィーーーー!!」
ひどくけたたましい鋭く耳障りな叫び声が空間内にこだまする。
「うるさっ。あー、取り憑かれ説が正解みたいだね」
アーティは意識を失い倒れるセレスを抱きかかえると、叫び声の主へ視線を向ける。
「何だ、あれは……。姿はセレスだが、真っ黒だ。影の魔物か?」
「分からない、分からないけど、この魔力は、私たちが戦った……」
アーティの元へフィオナとワイアットは駆け寄り、セレスから切り離された影へと目をやる。姿形はセレスを模しているが、闇に塗りつぶされたかのように全身が黒い。肩口から斜めに切られており、修復できず歪みきった表情で睨みつけている。
「き、貴様……、許さんぞ……。人間の分際で……」
「魔法剣、生成」
アーティは長剣を再び構えると、先程セレスと影を切り離した剣を長剣に重ねてなぞる。すると長剣は光を放ち、一つの剣となった。聖魔法の力が込められているその長剣を構え直し、影へと切り込む。
「これで、おしまい」
一瞬にして影の魔物の首と胴体は両断されていた。
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