第二十五話 騎士団長と聖女の守り手
「それじゃメーリック、四日後にまたうちに来てね。気をつけてー」
次の日、乗り合い馬車の停留所で東区から北区へ向かうメーリックをアーティは見送った。
「さーて、フィオナを迎えに行くかなー」
そう言いアーティは停留所からフィオナの家に向かう。
フィオナは自宅玄関前で既に待っていた。何故かウィルもいる。昨日フィオナ母にお願いし、ウィルはしばらくフィオナ宅にいることになっていた。
「おはよーフィオナ、とウィルも」
「おはよう。メーリックを送ってきたのね」
「うん。四日後にうちに来るように言ってあるよ。とりあえず今日は予定通りあの二人に話を聞きに行こう。何ウィル、何か言いたいことでもあるの?」
アーティのマントをぐっと引っ張るウィルにアーティは聞く。
「フィオナのこと、ちゃんと守ってね」
「当然。私は聖女の守り手だからね。ウィルもフィオナのお母さんの言うことちゃんと聞くんだよー」
「わかってるよ! 気をつけて行ってきてね! 帰り待ってるから!」
思わぬ素直な反応を見せるウィルに、随分毒気抜かれたねーとアーティは軽口を言う。真っ赤になり、そっぽをむくウィルをフィオナは笑って見ていた。
アーティとフィオナは先にワイアットへ会うため、中央区の城に向かっていた。
「もう少しで城の入り口だけど、フィオナ、あんまり人目につかないように行こう。聖教会の人たちには特にね」
「わかったわ」
フィオナはローブのフードを深くかぶり直す。
フィオナが今王都に居ることをセレスに知られるのはまずい。フィオナを貶めようとして立てた計画がご破産になったことで何をしでかすか分からないからだ。先手を打ち、ワイアットをこちら側につけてから三人でセレスの所へ行く、これが一番最善だと考えた。
幸い聖教会より城の方が距離的に東区からは近いし、この時間帯は人通りもさして混雑していない。
城門前で警備の兵士に止められた。そこで聖女であることを確認され、すんなり場内へ通される。当然聖女の守り手であるアーティもフィオナの口添えで入城することができた。
「私、城の中に入ったの初めてー。すっごい豪華ー。天井たっかっ。キラキラしてるー。って観光に来たわけじゃなかったね。ワイアットさんはどこにいるか分かる?」
「離宮で聞いたことがあるけど、この時間は騎士団の訓練に携わっているか、執務室で仕事をしているって話だったわ」
「そうなんだ。じゃあ騎士団の訓練所に行ってみようか」
二人は足早に歩き出した。
聖女になってからフィオナは城に来ることも多く、城内の場所の把握はできていた。案内されるがままにアーティはフィオナについていく。
騎士団の訓練所手前の廊下に差し掛かった時、一人の男がこちらに歩いてくるのが見えた。
「ワイアットさん……」
「えっ、あの人がそうなの? うわ、私顔覚えてなかったなー」
柔らかそうな茶色の短髪を後ろに流しており、彼の凛とした顔立ちを一層際立たせていた。訓練用に動きやすさを重視した革の鎧を着用しているが、高身長でがっしりとした体躯が、戦士としての戦闘能力の高さを感じさせる。
「すいませーん! ちょっと良いですかー」
目的の人物と早々に接触し、アーティは躊躇うことなく声を掛けた。
「フィオナ!? ああっ、フィオナ!」
アーティに声を掛けられたが、ワイアットは自分の視界にフィオナの姿を見ると、駆け寄りぎゅっと抱きしめた。
「無事だったんだね。心配していたよフィオナ。北の塔へついて行けなくてすまなかった。何事もなく終わって帰ってきたんだね。本当に良かった……」
「えー、ほんとに何事もなかったって思ってますー?」
ワイアットに抱きしめられて赤くなっているフィオナをよそに、アーティは不機嫌そうに言った。
「君は?」
「二度目まして。勇者ユーフィルの姉で、フィオナの昔からの親友で、今は聖女公認で守り手をしているアーティです。その節は弟が大変お世話になりましたー」
「ユーフィルの…。聖女の守り手? どういうことだい、フィオナ。っと、声が出ないんだったね」
「ワイアットさん、私話せるようになったの、アーティのおかげで」
「本当だ! いつぶりだろう君の声を聞くことが出来たのは。ああ、神はいるんだな」
いや、魔界の黒ドラゴンが持ってた魔石のおかげです、とは絶対言えないとアーティはひっそり思った。
「フィオナ、本題本題」
「あっ、ええ、そうね。ワイアットさん、内密にお話したいことがあるんです」
「なら僕の仕事部屋へ行こう」
アーティとフィオナは騎士団長のワイアットの後ろについていった。
そこで二人は北の塔での顛末をワイアットへ説明した。アーティもまた、離宮でのフィオナの生活を改めて把握する。
「……なんてことだ。フィオナを封印魔法で幽閉しようとは。セレスは一体何を考えているんだ」
「フィオナ最初から全く治療されてなかったんじゃん!? 一体全体どーゆーことなのー!」
「アーティ落ち着いて」
騎士団長の執務室は困惑と憤怒が入り混じっていた。フィオナは興奮しているアーティを必死で宥めている。
「ワイアットさん、聞きたいことがあるんですが良いですかー?」
「あ、ああ。僕が分かることなら」
「では、魔王討伐後からフィオナが話せなくなったこと、どうして放置していたんですか? あと、そんな状態のフィオナを北の塔へ行かせるのおかしいと思いませんでしたか? それから、それから……」
「アーティ私のことはもういいのよ。今ここにこうしているのだから」
ソファーで隣に座っているフィオナに背中をさすられ、アーティは言葉を言い淀む。
自分はここでこの人を責め立てる言葉を吐き出したいのだ。フィオナの一番近くにいたのに、何で救おうとしなかったのか。何故一緒にいてやらなかったのか。結果的に今まで離れていた自分がフィオナを助けた。助けることができた。最悪な未来を回避した。分かってる、これはただの八つ当たりだ。感情のコントロールが未だにできていなくて、すっごい悔しい。
「アーティ、君に言わないといけないことがある。長い間フィオナを不安にさせていたこと、すまなかった。そしてフィオナを救ってくれて本当にありがとう。感謝する」
「いえ、こちらこそ、です」
別に謝罪と感謝を言われたいわけじゃなかったけど、実際それらの言葉を受け取ったら、もやもやしていたのが少しだけ軽くなった気がする。
「先程の質問、全て言い訳になるのだが、実はセレスの話を鵜呑みにしていたんだ。僕は魔法のことは全く分からなくて、フィオナの話せない状態を相談したら、『魔法ではどうにもならない。ゆっくり休んでいれば直に良くなる』と言われた。北の塔へも僕も護衛で行きたいと言ったら、『魔力が無い者が側にいると魔法の成功率が下がる』とのことでついていかなかった。自分で調べもせずに、申し訳ない」
「仲間だった人を信じるのは当然のことだと思います。ましてや魔法のことを知らないなら尚更です。フィオナが話せなかったのが封印魔法のせいということも気づけるわけがないですよ。こればっかりは魔力感知できないと認識し難いからしょうがないんです。あ、別に責めてるわけじゃないですよ」
「う、ううむ……」
ワイアットは厳しい表情を見せる。アーティは話を続ける。
「それを踏まえて、フィオナはセレスに直接話を聞きに行きたいようなので。ワイアットさん、一緒についてきてくれますよね?」
「もちろんだ。セレスが何故フィオナを幽閉しようとしたのか聞かねばならない。先送りになど決してできない問題だ」
「ワイアットさん、ありがとう」
「フィオナ、君のためなら」
「あー、いい雰囲気になるのは後でにしてもらって良いですかねー。まだ私話終えてないしー」
「アーティってば、やだっ、そんなんじゃないのよ! もうっ」
顔を真っ赤にして焦っているフィオナを見て、これは確定だね、とアーティは思う。
「こっからは私の憶測ですが、もしセレスの後ろに何かの魔物が絡んでいたとしたら、どうしますか?」
「何を言うのアーティ!」
「だから臆測だってば。でも疑わしかったから伝えておきたいだけなんだって。喋る魔物が言ってたじゃん。『ここに聖女が来る話は本当だった』って。北の塔にフィオナが行くのってそんなに広まってる話じゃないのに襲う気満々で現れたし。だからもしかしたら意図的に伝えられたのかもって思ってさ。それにまだあるよ」
「聞かせてくれ」
「フィオナに封印魔法をかけたのはセレスかもしれない。ほんの僅かだけど、あの球体から同じ魔力を感じた。そして魔法書の爆発魔法、あれは人が修得できる魔法には思えなかった。だけどそれを用意できるってことは、魔の者と繋がっている可能性があるかなって。これだけ証拠があると悪意を疑わざるえないんだよね」
「アーティ、君の話は分かった。今からでもセレスに話を聞きに行こう。フィオナもいいかい?」
「ええ、行きましょう」
アーティたちはセレスがいる聖教会へと向かうのだった。
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