第十九話 魔石のかけら
タリアのお願いでアーティは絵本の読み聞かせをしていた。夜が明けようとして空が白み始めた頃、絵本の最後のページを読み終わった。アーティの膝の上に座っていた少女の姿が徐々に薄れていく。
「アーティお姉ちゃん、絵本読んでくれてありがとう。タリアそろそろお空の上に行くね。お礼に大事にしてたタリアの宝物、あげるね」
タリアは笑顔でお礼を言うと、光の粒子となりフッと消えていった。アーティの手にはさっきまで読んでいた絵本と、タリアの宝物という八面体の形をした、青色が非常に美しい鉱物が残されていた。
「次生まれ変わったら幸せにね、タリア」
静かにアーティは呟いた。
「にしても、この綺麗な石の魔力反応、どーっかで感じたことあるんだけどなー。んー、何だったかなー?」
アーティはまじまじと手のひらの上にある青色の鉱物を見るも、なかなか思い出せないでいた。
「まあ、せっかくタリアがくれたものだし、大事にしておこうかな。さーって、皆まだ寝てるし、私ももう一眠りしよー」
気にせず貰った鉱物を荷物にしまうとソファーに寝転がり、再び目を閉じた。
――ダンジョンの最深部の広い空間。魔法の光で照らされており、戦うには十分な明るさだ。瘴気が混じった重い空気の中、深く息を吸いたくなくて呼吸は未だに整わない。肩で息をしながら額の汗を拭う。視界の先には致命的なダメージを負い、蹲っている傷だらけの黒いドラゴン。痛みを堪え、憎々しげな目で睨んでいる。
こっちだって、さっきそっちの巨大な尻尾での攻撃を避けきれなくて脇腹に直撃したから今ものすっごい痛いんですけど。こんな痛みを受けたのは今までで初めてだ。回復魔法使いたいけど、攻撃を続けて畳み掛けた方がいいと判断。
「これでとどめっ!」
剣を構え直し地面を蹴って跳躍する。狙うはドラゴンの眉間部。確実に貫けるよう狙いを定め、降下の勢いで攻撃しようとした瞬間、
「参った!」
「へ?」
ドラゴンが喋ったことに驚いて攻撃体勢を解き、地面に降り立って距離を取る。着地と移動時の衝撃が脇腹の痛みに響き、「ぐぎがっ」と変な声を出し、蹲ってしまった。
「アーティ大丈夫か?」
「し、ししょー……。全然、だいじょば、ない、よー」
長めの緑髪を無造作に後ろで一つに結び、精悍なその顔には長年の旅の途中で負った傷跡が残っている。経験からくる落ち着いた体格のこの男はアーティの伯父であり、師匠のサーブルである。深みのある緑眼で、弟子であるアーティの戦いを見守っていた。
サーブルはアーティに上級魔法の完全回復魔法を使い、激しい戦闘でのダメージを癒してやった。
「ありがとー師匠ー。痛くなくなったー」
嬉しそうに起き上がりぴょんぴょんと飛び跳ねてみせるアーティ。そんな弟子の様子にサーブルはフッと軽く笑う。
「そういえばさっき攻撃しようとした時、あのドラゴンが参ったって喋ったように聞こえたんだけど。あれっ、いなくなってる!?」
ドラゴンが居た場所を見ると影も形も見えなくなっていた。戦闘開始直後から攻撃しまくって致命傷まで負わせたはずの敵の姿がないことにアーティは焦る。
「えっ、ええっ、何でいないの!? あの傷で逃げた? むしろあの傷で逃げれたの!? どこにどうやって!?」
「落ち着けアーティ。勝負はお前の勝ちだから安心しろ。それに、奴は逃げてはいない」
パニックになりながらきょろきょろと辺りを見回すアーティにサーブルは静かに声をかけた。
「だってだって、あーんなどデカいのが突然消えちゃうなんて驚くしかないじゃないのー。消えちゃったら魔石のことだってあるのにー」
「はははっ、サーブル、そのお嬢さんはお前の娘か? 随分鍛えたんだなあ。我、久しぶりに死ぬかと思ったぞ」
「……レイヴノール」
「師匠ー、あの人どちらさんですかー」
艶のある黒髪、燃えるような赤い瞳。執事服のような服を着用した長身の男がにこやかに笑いながら、アーティたちの方へゆっくり歩いてきた。
「久しいなサーブル。お前がこの地へ来るのはいつぶりだ? なかなか来ないから退屈でしょうがなかったぞ。我の方からそっちへ行こうかと考えていたところだった」
「20年ぶりに会ったと思えば、随分冗談が上手くなったな、レイヴノールよ。あれより強いお前が来たらこっちは終わってしまうぞ。紹介する。俺の弟の子で弟子のアーティだ」
「は、はじめましてっ、師匠の弟子のアーティと言いますっ。えっと、レイヴノールさん?」
誰だかわからないが、師匠のサーブルとかなり親しげに話しており紹介されたため、焦りながらも自己紹介をするアーティ。
「ふはははっ、今更はじめましてか。我を見るなり容赦なく散々攻撃しまくっておいてからに。ははははっ、面白いなサーブル、お前の弟子は」
「えっ? えっ? どういうこと?」
「アーティ、こいつはさっきお前が戦っていたあのドラゴンなんだ。人化しないと回復魔法が使えないからこの姿になったのだろう」
「うええぇぇー!? そ、その節は大変ご迷惑をおかけしましたっ!」
「はははっ、アーティ、お主の戦闘スキルは大したものだ。最後の攻撃が当たっておれば、我は完全にくたばっておったわ。危ないところだったぞ」
「何を言う、俺がいることを分かっていてアーティと戦っていたんだろ」
「ああ、その通りだ。万が一倒されたとしても、サーブル、お前が必ず我を回復させると確信していた。だから全力を出せたのだ。まあ、我がやられたらここは崩壊するから切り上げたのだがな」
笑いながら楽しそうに喋るレイヴノールと、いつも寡黙な師匠が珍しくたくさん話をしている。二人の関係性はよく分からないが、師匠が満足そうならそれでいいやとアーティは思った。
「――してアーティよ、我を倒したお主は我に何を求める?」
「な、何って突然言われても……」
師匠と談笑していたレイヴノールが急に話しかけてくる。
「望むものをなんでもひとつだけやろう。何が欲しい? 金か? 力か? 我の妻の座でも良いぞ」
「……レイヴノール、冗談が過ぎるぞ」
「冗談ではないのだがな」
「何だと!」
「あっ、思い出した! 願いを叶える魔石! そーだった、師匠が私を連れてきたのは魔石を手に入れる為だった! それを探してこんなじめっとして空気の悪い所まで我慢して来たんだよねー」
「こんな……所……? 我慢して……?」
アーティの何気ない発言に落ち込むレイヴノール。その様子を見てサーブルはくくくっと笑いを堪えている。
「レイヴノールさん、私、魔石が欲しいんです!」
「あー、はいはい。魔石ねー。我の妻の座ではなく、こんなものが欲しいとは」
レイヴノールは手を振りかざし、鈍く光っている六角形状の水晶を出現させた。内部には6つの丸い球体がそれぞれの色で光を放っている。
「これが、魔石……。これの魔力すっごい独特ー」
アーティはレイヴノールから魔石を受け取ると、まじまじと観察し始める。
「魔石は2つあったんだが、もうひとつは6つに砕けてそっちに散らばってしまってな。そろそろ探しに行かねばとは思っていたのだが色々とあって動けなんだ。かけらを集めさえすれば我の力で修復可能なんだが」
「魔石のかけらか。こっちに散らばったっていうなら、俺が代わりに集めといてやろうか?」
「いや、我の管理不足が原因なのだ。そうだ、我が責任を取って自らの手で集めねばならぬ。その為には――」
「アーティは貸さないぜ。ていうかこっちに来るなお前は。俺が集めておく」
「ぐぬぬ、何故分かって……。我は諦めん。アーティ、欲しいものは魔石ではなく我のことを、我を望め! そのほうが絶対いいぞ!」
「レイヴノール、お前なあ」
アーティへのアプローチに必死になるレイヴノールに呆れ果てるサーブルだった。
――思い出した。タリアがくれた綺麗な石の魔力。すごく独特な魔力。私、知ってる。
眠りから覚め、アーティは荷物から魔石を取り出し、青色の鉱物と見比べる。
「この綺麗な石の魔力、反応は弱いけど魔石と同じで独特すぎる。間違えようがないや。これ、レイヴノールさんが探している魔石のかけらのひとつだ」
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