第二十話 北の塔最上階

 偶然にも魔石のかけらの一つを手に入れてしまった。確か、6つに砕けてそっちに散らばったってレイヴノールさん言ってたっけ。そっちだとかこっちだとか師匠たち話していたけど、あの場所ってやっぱりこっちの世界とは別の世界なんだと思う。もう魔界とでも勝手に呼ぶことにしよう。

 よく考えてみれば、あーんな巨大な黒いドラゴンがいる世界だよ。こっちの世界でドラゴンを見たと言ってもせいぜい地竜くらいなもので、大きさが全く違う。強さだって全然比にならない。

 あの時は一人で戦ってみろって師匠に言われて挑んで一応勝ったけど、それは師匠が見ててくれたからであって。後ろ盾がなにもなく単独で挑んでいたら勝率は五分五分くらいだったかもしれない。いや、もしかしたらやりようでは負けてしまうかも。正直一人では二度と戦いたくはないかな。あの一戦だけでお腹いっぱい。


 師匠と黒ドラゴンのレイヴノールさん、すごく親しげだったけど、戦ったことあるんだろうな。会うのが20年ぶりって話だったよね。ということは、今の私と同じ年齢で師匠戦ったって事だよね。どういう状況だったのかな。今更だけど二人の関係性すっごく気になりすぎる。師匠ってば昔の話を聞いても濁すこと多いから、あんまり過去を知らないんだよね。

 魔石のかけらは師匠自分が集めておくってレイヴノールさんに言ってたし、落ち着いたら渡すために一旦帰ろう。


 アーティは取り出した魔石と魔石のかけらを荷物の中に大切にしまい込んだ。



「んっ、うぅーん……。ア、アーティおはよう。起きてたんだ。自分たち一晩眠っちゃってたんだね」


「メーリックおはよー。さっき起きたばっかり。久しぶりに柔らかいところで寝れたからぐっすり眠れたよ」


 真向かいのソファーで寝ていたメーリックは目覚めると大きく背伸びをした。そしてテーブルの上に置いてある一冊の絵本に気付く。


「こ、こんな子供向けの絵本が置いてあったんだ。この塔の役目はなんとなく知ってたけど、小さな子供まで幽閉されていたのかもしれないって考えると、なんだか切ないね」


「そうだね……。あ、私あっちの洗面台で顔洗ってくるね。この絵本も元の所に戻してくるよ」


 タリアのことは言わなくていいよね。幼い子供が本当にここに居たという事実を教える必要はない。知らなくていいことなんだ。

 

 そう思い、絵本を手に取るアーティだった。




 一晩休んで英気を取り戻したアーティたちは、再び上を目指して出発した。



 国の魔法結界を強くする為に聖女の力を引き出す、これだけなら国の中心にある城とか聖教会で行った方がいいんじゃないかと思う。そもそも場所が北の塔の最上階ってことや、同行者が神官見習いだけってのもすっごく引っかかってる。おまけに本当の依頼主があの女、セレスなのも腑に落ちない。まさかフィオナのことを厄介払いしたいから、なんて考えてたりしていないよね。

 あの女に直接問い詰めに行っていいならすぐにでも乗り込んでいくけど、軽率な行動はくれぐれもするなと師匠からきつく言われてるからやらない。『力の使い方を見誤るな』って何度も何度も聞かされた。常に状況を正しく把握し判断は冷静に、行動は慎重にすること、師匠のこの教えは私はまだ出来ていない自覚はある。感情のままに行動することがあるから。きっと精神的に未熟なんだろうね。弟のユーフィルの方が大人びているって言われたこともあったなあ。


 崩れたという魔王の城にユーフィルは一人取り残されている。復活させる為にも魔王との戦いの話をもう少し詳しく知りたい。勇者パーティーだった戦士の人とあの女には会うことすら出来ないから詳細を聞くことはほぼ不可能。フィオナの状態は私の力では解除出来なかった。だったらフィオナが話せるようになる別の方法を探すことが一番最適だ。となれば、この塔での用事はさっさと終わらせてしまおう。


「ア、アーティってば、また難しい顔になってるよ。な、何か考えてた?」


「あ、あははー、頭の中整理してたのー」


「ま、前にも言ったけど、一人で抱え込まないでね。じ、自分アーティの力になるから」


「ありがとーメーリック。その時は思いっきり頼るからね」


 アーティの言葉に、メーリックは笑顔で答えた。





 フロア内を探し歩き、ようやく見つけた階段を上がっていくと古びた扉があった。扉を開け辺りを見回す。そこにはひっそりと祭壇が佇んでいた。どうやらここが塔の最上階のようだ。


「それで、ここで何するんだって?」


 安全確認のため周囲を一通り見渡したアーティは、振り返りウィルに聞いた。ウィルは荷物の中から一冊の魔法書を取り出す。


「えっと……、大司祭セレス様からは、塔の最上階にある祭壇へ聖女を連れて行き、この魔法書を発動させるだけ、って言われてる」


「それだけ? ふーん、魔法書ねえ。ちょっと見せてもらっていいかな」


 ウィルは持っている魔法書をアーティに渡した。アーティはそれをパラパラと眺めて見てみる。


「うーん、この魔法書だけ見ても何の魔法なのか私には理解無理だわこれー。発動すれば分かるのかなー。フィオナ、メーリック、見てもらってもいい?」


 二人にも魔法書を渡し見てもらう。しかしフィオナは首を横に振り、メーリックも難しい顔で分からない、と話す。


「二人が分からないなら私なんかもっと分かんないね。魔法の発動に魔法書を媒介にするやり方なんて詳しくないし。っていうか、正直魔法書見たの初めてだったよ。ほんとに発動させていいものなのかな、これ」


「そ、それは自分には分からないや。せ、聖女様の力を引き出す魔法なんて聞いたことないし。あ、相手の魔力を吸収する魔力回復の魔法とも違う気がする、よね」


「どうだろう。あー、もっと勉強しとけば良かったなー。パッと見て、ああ、これはあれでねーとか言えるくらいに! もう何もしないで帰るー? 帰っちゃおっかー?」


「ア、アーティ落ち着いて。い、今帰ったら何のために傭兵団が護衛してきたのか分からなくなっちゃう。そ、それにこのまま帰るのは聖女様とウィルが困らないかな?」


「やってみたけどできませんでしたー、でいいんじゃないのー。そもそもあの女の依頼っていうのが気に食わない! 魔法発動したら大爆発ーって可能性だってあるかもよー」


「そ、それは何とも言えないけど……」


「やりかねないよー。あの女、今じゃフィオナが聖教会でやってた仕事してるって話じゃん。何、何なの? 聖女気取りのつもりなのかな? 舐めてるよね。この国の聖女はフィオナなのにさ! 離宮に閉じ込めて治療もしてくれないで、ずっと話せないままにしてた。その上聖女の力を引き出す? こんな場所で? ふざけろっての! だいたいさ――」


「アーティ!」


 メーリックとフィオナの二人に抱きしめられ、怒りで興奮していたアーティはハッと我に返る。


「ア、アーティたくさん抱え込んでたんだね。だ、大丈夫。じ、自分たちがついているから。アーティは一人じゃない、一人じゃないんだからね」


 よしよしと頭を撫でながら話すメーリック。フィオナもうんうんと頷きながらアーティの背中をさすっている。


「ごめん、何かどんどん怒りの感情出てきて、抑えられなかった……」


「い、いいんだよ。そ、それだけ聖女様のこと大事に思ってるってことじゃないかな。ちょっと妬けちゃうな、なーんてね」


「メーリック……。フィオナも。二人ともありがとう。落ち着いてきたよ」


「そ、それなら良かった。む、無理しないようにね」


「フィオナ……。僕、どうしたらいいのかな?」


 抱き合う三人を見ていたウィルだが、混乱し、フィオナの服を引っ張って呟いた。

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