勇者の姉は最強の守り手 〜親友の聖女と一緒に魔王城へ弟を迎えに行きます〜
羽哉えいり
第一話 北の傭兵団でのお仕事
「ちくしょー! 一匹取り逃しちまった! そっちに行ったぞ!」
「まっかせてっ! 風魔法発動! 切り刻めっ!」
フード付きで厚手生地の長めのマントを翻し、小柄な少女は即座に攻撃魔法を放ち敵を打ち倒す。
「嬢ちゃんすまねえ! 助かったぜ!」
「後はあのいちばんでっかい魔物だけだね!」
少女が視線を向けた先では、三人の屈強な男達が自分たちより数倍も大きい獣型の魔物と戦っていた。
「おいっ、嬢ちゃんやめとけ! あの魔物はつよ……」
近くで一緒に戦っていた男が少女に声をかけるも、すでに目標として捉えた魔物に向かい走り出していた。
剣を構え、助走をつけ、魔物の真上に跳び上がる。
「おじさんたちっ! 離れててねー!」
上空から少女はそう叫ぶと魔物目掛けて急降下し、剣を突き立てる。魔物は少女の一撃で絶命し、ズシンッと地面に倒れる音が響いた。
「す、すげえ……」
「マジかよ……」
「美しい……」
戦闘が終わり、彼女の戦いぶりを見た者達の言葉があちこちから聞こえてくる。
図体の大きさや凶暴性、攻撃力が他にいた魔物との比ではなく、討伐困難かと思われる程苦戦を強いられてた魔物を小柄な少女がたった一撃で倒してしまうなど、実際その現場を見ていなければ信じない者もいるだろう。
腰あたりまである桃色がかった黒髪を後頭部の上の方で一つに結び、髪と同じ長さの白いリボンがふわりと揺れる。幼さが残っているが凛として整った顔立ち。倒した魔物の上に真っ直ぐ立っている姿は凛々しく、彼女の戦いぶりに見惚れている者も数多く見られた。
少女は自分に向けられている視線など全く気にしていなかった。神秘的なピンクゴールドの瞳で、魔物の群れが出現してきた方向をじっと見据えている。
「アーティ! 今日の仕事もご苦労だったなあ!」
自身の武器の斧を肩にかけた大男が魔物の上にいる少女に声をかける。
「だんちょー! お疲れ様ー! 今そっちに行くねー! これで今日の魔物討伐のお仕事はおーしまいっ!」
アーティと呼ばれた少女は見据えていた方向から視線を外し、ぐぐーっと伸びをしながら笑顔で返事を返した。
魔物に刺さっていた剣を片手で簡単に抜き取ると、剣についている血液を慣れた手つきでシュッと一振りし振り払い、自身の鞘に収める。そして魔物の上から軽やかに飛び降り地面に着地すると、団長と呼んだ大男に駆け寄った。
「お疲れさん。お前さんうちの傭兵団に入ってまだ二日目だけどもよ、魔法も使える剣の腕も立つ、討伐数も多い。今いる傭兵団の団員の中で一番強いんじゃねえのか?」
「そーんなそんな。でもそれならお給金に色つけて欲しいなあ」
「そうしてやりてえんだが、雇用主の国の方が出し渋ってるからなあ。他の団員たちとの折り合いもあるからよ、悪いな」
「歩合制でもなかったよね?」
「雇った時話したが、残念ながら日給制だ」
「そーだよねー、そーだったよねー」
「その代わりと言ってはなんだが、今日の晩飯は豪華になるぞー」
「それってさっきの魔物肉のことかなー。じゃあ後処理私も手伝う?」
「いや、倒した魔物の後始末は別の部隊の仕事にしているから、討伐部隊のお前さんは上がっていいぞ」
「ここって仕事配分しっかりしてるよねー」
「まあな。この北の傭兵団は団員の協力性と部隊の連携性が的確な風通しの良い働き口だからな!」
「うん、知ってるー。じゃあ私は宿舎に帰るねー」
「ああ、お疲れさん」
にこやかな表情で団長と話し終えたアーティは颯爽と傭兵団の宿舎へ向かって歩いていく。その正面からバタバタと僧侶や司祭といった聖職者と騎士団員数名ほどが、先程魔物と戦っていた場所へ足早に赴いていった。
「睨みきかしといたから魔物はしばらく出てこないよー。なーんて、言わないけどねー」
誰にいうでもなく呟くアーティだった。
ここは大国ミーデエルナの北側にある国境。
外部との出入りの多いこの場所の城外へ魔物除けの結界石を設置していくことを1ヶ月前に国が決定し、計画通り稼働されている。
結界石を設置するためには、その範囲内にいる魔物を事前に排除しておく必要がある。そのための魔物の討伐に国は一つの傭兵団を雇った。それがアーティが今働いている北の傭兵団である。
傭兵団が魔物を排除した後、速やかに国の聖職者らが結界石を設置していく。数名程度の騎士たちは、聖職者らの設置作業のサポートでついているそうだ。
「じゃあ魔物討伐も騎士団がやれば良くなーい?」
北の傭兵団への入団面接の時にアーティは団長へ聞いたが、騎士団は人手不足との答えだった。
騎士団の人手不足の原因は、数十年前突如現れた魔王率いる魔王軍との戦いによるものだ。国や周辺の町、村を守るための戦いで、大勢の騎士たちが負傷し命を落とした。
半年前勇者パーティーが魔王を倒し世界を侵略していた魔王軍は姿を消したが、野生動物同様の知能の低い魔物による被害は未だに各地から聞こえている。
騎士の育成には時間やお金がかかる。それゆえ騎士団の人員は現在もそれほど増えていない。そのため国は仕事内容によっては騎士団ではなく傭兵団へ依頼をすることが多くなっていた。
傭兵団は一つではなく、国内に数十カ所以上あり独自で運営されている。仕事内容、雇用形態、報酬、規律、規則などは各団様々である。身元不明者を受け入れる傭兵団もあり、日銭稼ぎのために入ってくる者も少なくない。
この国での傭兵団というのは働き口の一つとして国民に広く周知されている。しかし仕事時の生死や負傷の保証がないところや、賃金で揉めた話、使い捨てられたという良くない噂が聞かれる傭兵団もあるのだった。
「だーかーらー生きていくためにはお金が必要。それでこの傭兵団に入団したって昨日も言った気がするんだけどなー」
傭兵団宿舎の食堂でアーティは自分の真ん前に座っている男に向かい、めんどくさそうに言葉を吐きながら目の前の肉にフォークをぶっ刺し口に頬張った。
「うっわっ! これおいしーね!」
「不貞腐れたり急に機嫌良くなったりおもしれーなお前」
「それはそれはー。そんでー昨日とおなーじ質問してきた君は私の食事の邪魔をしたいのー? 面白くないよー。あー、ほんとこのお肉うまー。ていうかどなたさんですかー?」
「昨日名乗ったろっ! ってか質問内容は覚えてて名前は忘れてんのかよ! 配属部隊は違うが2ヶ月前に入団したロルフだ。もう忘れんなよ」
「君の名前は今晩の肉の味に上書きされるから忘れるのは確定ー」
「うわっ、泣くぞ俺っ」
「口説くの失敗かーロルフよー」
「女の子にはやさしさ一番だぞー」
「うっせぇ! ジジイどもは黙って安酒飲んでろよっ!」
アーティとロルフの会話のやりとりは食堂にいる十数人の団員たちの注目の浴びていた。自分より確実に目上であろう茶化してきた団員らにロルフは真っ赤になりながら悪態をつく。
「あはははっ! あははっ! ジ、ジジイどもってっ、あははっ! やばっ! ツボったかも……。ふふふふっ」
突如大笑いし始めるアーティ。ロルフや食堂内にいる団員たちは笑い続ける彼女を唖然とし見ているしかなかった。
「あー、ひっさしぶりに涙出るくらい笑ったー。笑うのっていいねー」
ひとしきり笑い終わるとポカーンとしているロルフに笑顔でアーティは話しかけた。
「お肉食べなよ。冷めちゃうよー」
「あ、ああ」
アーティの大笑いが収まったことで、他の団員たちも自分たちの食事に戻る。照れくさそうに食べているロルフにアーティは話を続けて言った。
「私と一緒にご飯を食べてくれてありがとね。話しかけてくれたのも周りと馴染めるように気を使ってくれたからでしょ。確かに私は場違い感あるよねー」
「いや、そんなことは……。俺も昨日から不躾で悪かったよ。この傭兵団は戦いに特化した仕事内容が多い。だからなんでお前みたいな華奢な女が入団したのか気になったから……」
「あー食後のお茶も頂いて満腹ー幸せー」
飲み干したお茶のカップをテーブルに置き、アーティはロルフの方へ向き直した。
「質問に答えてあげるのこれきりねー。入団理由は私の師匠がこの傭兵団の上の人たちとお知り合いで働き先として薦めてくれたからー。それから、ここは他の傭兵団よりも断然内情もクリーンだし、お給金が良い仕事が多いからー。以上返答終わりー。あと華奢な女に見えてるかもだけど……」
「な、なんだよ……」
ちょいちょいっとロルフに手招きする。こそこそ話をするようにアーティは小声でロルフに伝えた。
「私、魔王より強いから」
「はぁ!?」
「あはは。じゃあねー」
そう言うとアーティは食べ終わったお盆を下膳置き場へ持っていき、颯爽と食堂を出て行った。
「ちょっ! お前っ! はぁぁ!?」
「眼中にはないな、あれは」
「諦めが肝心だぞ〜」
「いやはや、若人頑張れ頑張れ」
食堂ではアーティに振られたことになったロルフを慰めたりからかったりする団員たちで再び盛り上がっていた。
「勇者の姉の力は伊達じゃないのよー。魔王はもういないけど、軽口としてはあれくらい言ってもいいよねー」
食堂を出て宿舎までの通路を一人歩きながら、アーティは笑顔でつぶやくのだった。
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