第二話 聖女の護衛依頼

 アーティが北の傭兵団に入団して1週間が過ぎた。

 国が進めている魔物除けの結界石設置作業は大きな問題もなく、結界の範囲を順調に広げることができていると団長から団員たちに伝えられた。


 更に団長の話では、1ヶ月前と比べてここ数日の間、出現する魔物の数がかなり減少しているとのこと。その為傭兵団による魔物討伐にかかっていた時間は短縮され、逆に国のお抱え聖職者たちが行う結界石の設置作業の業務時間が2〜3倍ほど増えているそうだ。

 魔物の出現率の低下について傭兵団内では、勇者パーティーが魔王を倒した影響がやっと出てきているのではないか、という説が出回っている。


 討伐部隊での仕事が減って楽ができると考える団員もいれば、働けない分給料が減るのではないかと不安がっている者もいる。だが、今一番頭を抱えているのはここの傭兵団の団長だろう。団員たちに仕事を割り振る役目もしており、仕事量と給金のバランスの適正さについて、真面目で団員思いの彼は日々悩み考えているのだった。




「仕事量が減っても毎日こーしてご飯が食べれるのは幸せなことだよねー」


「この傭兵団に国が直接依頼している仕事が他にも色々あるからなんだろ」


 傭兵団の食堂にて夕食を食べているアーティの言葉に、今日も真ん前に座って食事をしているロルフが返答を返す。


「雇用のことはよく分からないけど、お給金がちゃんともらえることはありがたいねー」


「お前って結構現実的だよな」


「あったり前でしょー。魔王が討たれて魔王軍の脅威ってのが無くなったって、生きていくには働いてお金を稼がないといけないんだから」


「嬢ちゃんの言う通りだぜ!」

「そりゃそうだ!」


 近くに座っていた数人の団員がアーティの力説を盛り立ててきた。


「アーティは今俺と会話してるんだよっ!」


 ロルフは口出ししてきた数人に強く言い返す。


「あ〜あ、俺も討伐部隊に配置換えしてもらうかな〜。そ〜すりゃアーティとずっと一緒にいられるよな〜」

「え? 無理じゃない? あなた普通に弱そうだし」

「ひ、ひでえよ、アーティ……」


 弱いと言われ、テーブルに突っ伏して落ち込むロルフ。あまりの落ち込みっぷりにあわあわとアーティは焦るもすぐに笑顔で話しかける。


「討伐部隊は仕事的に前線での戦いだからお給金いいんだけど、ロルフはーえっと城内で街の平和を守ってる部隊の方でしょ。それだってすごく立派な仕事だよー。それに部隊は違っても同じ傭兵団にいるしー。この1週間ほぼほぼ毎日夕食一緒してくれてるじゃない。私が孤立しないように配慮してくれてだもんね、感謝してる。ありがとう」


「アーティ……、やっと俺の名前を呼んでくれた……。俺っアーティともっと……」

「今日のご飯も美味しかったー。ごちそうさまでしたー。ご飯冷めちゃうから早く食べた方いいよー。じゃあ私は食べ終わったからもう行くねー」


 自分の名前を覚えてくれたという嬉しさも束の間、早々と下膳し食堂から出て行ったアーティをロルフは見送るしかできないでいた。




 夕食後アーティは傭兵団団長の仕事部屋を訪れていた。


「団長ってばすっごいお疲れ顔ー、大丈夫ー? 回復魔法でもかけましょうかー?」


「いや、大丈夫だ。それよりもアーティ、お前さん直々に頼みたい仕事があってな」

「頼みたい仕事?」


「また国からの依頼なんだが、聖女様の護衛をして欲しいそうだ」


 聖女という言葉に、アーティの鼓動がドクンッと跳ね上がった。


「せ、聖女様の護衛ねー。ちなみに聖女様ってどちらの聖女様なのかなー」

 

 鼓動を鎮め、平然を装い団長との会話を続ける。


「おいおい、聖女様って言ったらこの国には一人しかいないだろうが。半年前見事魔王を打ち倒し凱旋した勇者パーティーのお一人! 聖女フィオナ様のことだぞ!」


 ――護衛の仕事を受ければフィオナに会える!? やっと会うことができる!?


「アーティどうした?」


「んー、そーんな世界的な英雄のお一人の聖女様を護衛するという尊い仕事を、民間の傭兵団に頼むんだなーって不思議に思って。普通騎士団の案件じゃないのー? イメージ的にもー」


 動揺を隠す為、へらっと笑いながらアーティは話した。


「結界石設置での魔物討伐の依頼でもそうだが、国は騎士団員を回せないんだろう。騎士団の人手不足は今もまだ深刻らしいからな。魔王が討たれて魔王軍はいなくなったが、それまでに受けた傷痕の治りは遅いってことだ……」


「…………」


「まあ何にせよ仕事が来るのはいいことだ! しかも国から立て続けになんてな! よほどうちの傭兵団は評判がいいんだなぁ! そろそろ新しい仕事を貰いに営業しに行こうかともおもっとったわ!」


 ガハハと笑いながら話す団長に、アーティはくすりと笑った。


「それとうちを指名してきたのにはアーティ、お前さんの話が広まっているのが理由だとも俺は思っている」


「私の!? へ、へー、あー、そーなんだー。うわー、どんな話なのかなー」


「俺が聞いたのは、北の傭兵団には百戦錬磨の戦いの女神がいる! という話だ」


 ぶふぉーっと吹き出すアーティ。そしてけらけらと笑い出した。


「マジでー! えー、うっけるー! 女神って、何それ。あー、魔物討伐の仕事ちょっと頑張り過ぎていたかもねー。反省反省」


あちゃー、と自分の頭を小突く仕草をする。内心では恥ずかしさでいっぱいになってしまっていた。


「それで団長、聖女様の護衛ってどこまで?」


「あ、ああ。ここ北の国境から更に進んだところにある北の塔だ」


「北の塔って……、昔大罪人が送られてた塔だよね! なんで聖女があんなところに行かないといけないのさ!?」


「詳しく教えてはもらえんかったが、この国の城壁内にかけられている魔法結界の力を更に強くするためだそうだ。聖女様の力を引き出す為に最適な場所だとか」


「何それ、意味分かんない。城壁内の結界は国のど真ん中にある聖教会の聖職者たちが管理してるはずだよね。聖女の力を引き出すのにしたって、なんで北の塔が最適なの!?」


「落ち着けアーティ。俺は魔法や国の考えは分からないが伝達者からの話はそれだけだ」

「でもっ……」


「いいかアーティ。傭兵団ってのは依頼を受けるか受けないかしかないんだ。断ることもできるが、その場合依頼主は他に頼むだけさ」


「……ちょっとだけ感情的になっちゃった。ごめんね団長ー。護衛のお仕事引き受けまーす。お給金期待しちゃうよー」


 いつもの調子でアーティは返事を返した。


「助かるよアーティ。護衛の仕事は二日後だ。明日の昼過ぎにまたここにきてくれ。急遽組んだ護衛部隊の顔合わせを行うことにしていた。今の討伐部隊での仕事は一旦休止な」


「りょーかーい。じゃおやすみなさーい。あ、そうだ」


 ドアノブに手をかけ部屋から出て行こうとしたアーティはくるっと振り向き、疲れ切っている団長に回復魔法をかけた。


「倒れられたら皆が困るからねー。無理しないでねー」


 ニコッと笑顔で言いながら部屋から立ち去っていった。





「フィオナと最後に会ったのって、魔王討伐の旅に出る時だったよねー」


 神託により勇者に選ばれた弟のユーフィル、仲間として国から抜擢された聖女フィオナ。宿舎の部屋のベッドに横たわり、二人が旅立つの日のやり取りをアーティはぼんやり思い返していた。



「ユーフィルもフィオナも無茶しちゃダメだからねー。絶対無事で帰ってきてねー」


「姉さんも修行無理しないようにね」


「私たちちゃんと魔王を懲らしめてくるから」


「懲らしめるってフィオナ、僕たち魔王を倒す旅に出るんだよ」


「ユーフィルってばー、フィオナは昔からこんな感じでふわふわしてたじゃない。まあ、あなたたち二人してぽや〜んとしてるとこあるから、道中悪い人たちに騙されないか、ものすっごく心配だわー」


「大丈夫よ、アーティってば心配性ね」


「僕、姉さんよりしっかりしてる方だと思ってるけど?」


「弟なら姉を立てることしなさいよー」


「ふふっ、アーティもユーフィルも小さい時から変わらず仲良しさんね」


「その仲良しさんにはフィオナも入ってるんだよー。私たち親友でしょー。あーあ、二人がいなくなると寂しくなるなー。ちゃんと私のところへ二人で帰ってきてねー、待ってるよー」




「城外に出た二人に、見えなくなるまで手を振ってたなー。その後ものすっごく号泣したっけ……。フィオナ、元気にしてたかな? 私、今度こそ絶対絶対会うからね!」

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