第2話 幽霊の正体は電気ですよ?!

ごぽごぽごぽ……


この生活にももう慣れた。カプセルに満ちた液体越しに私を研究する彼らを観察する。口に付けられたガスマスクのような”これ”だけは今でも邪魔だが、再び自分の身体でこの世界に存在できるというのは余生を与えられたようでロマンがあった。


「……か?」


しかし彼らは既に私の正体を導き出したらしい。論文が発表されこの研究が幕を下ろせば私はまた捨てられるだろうか。というのは私の勝手な想像だが、やはり人間は自分勝手な動物だなと思う。私のことを利用するだけして捨てるわけである。という憶測から来る空虚を私が勝手に抱えているだけなのだが。


「……ぞ」


彼らが居なければ死んでいたままの私だ。彼らに与えられた余生は自由になれたし、少しでも人間の役に立てるならそれでいいと思えた。


私は幽霊だ。もう十分堪能した。


「……は」


ってさっきからうるさいな!私もう眠りにつきたいんですけど!早く世界に私の研究結果発表してもらっていいですか!?!?


私見ての通り今移動できない状態なんだから別の部屋で話してよ!研究所なんだからなんかもっとこう、ほかにも部屋あるでしょ!

イアンもカルロも、こんなに長い間一緒に居てデリカシーの一つも芽生えないのはさすがに人間性疑うよ。私も元人間なんだぞ、倫理観とかあるんだぞ。羞恥心もあるんだぞ。


何で私でも知らない私の身体の秘密を堂々と私の前で共有するんだよ。「へぇそうなんだ~」とかなるよ?なるけどさ、やっぱりちょっと恥ずかしいよ。私これでも若いんだよ。いくら何でも酷だよ!


それとあのエアコン!ごぅごぅうるさいよ!何とかならないの!?

ソファーはボロボロだし壁は剝げてきてるし。こんなにプリティーな私を研究できる名誉ある仕事をしてるくせにあんたらの企業ブラックすぎでしょ!


私が地縛霊の時はここも綺麗だったのにな。田舎は楽園みたく栄えて、都会は廃墟みたいな殺気を放ってたのに、このカプセルにぶち込まれた時から全てが180度変わった。まぁ今の感覚は生前と変わらないから特別違和感があるわけじゃないけど。


「イアン、俺たちの研究に意味がなかったと思うか?」


「いや、そうじゃない。ただ面白みに欠けてしまうと思ったんだ。肩透かしを食らった気分だよ。俺たちの二十年間は何だったんだろうな」


え、なんか凄いこと言ってない?私で散々研究しておいてその結果面白みに欠けるとか言ってない?

ごめんよ面白みに欠ける女で。ごめんよ魅力なくて。死んでまで興味持たれなくなるって、私は一体前前前世でなにをしたっていうんだよ。このままじゃた〇君ですら口噛み酒を飲むという逆境に断念して私のこと探してくれないよぉ。


「偽造しないか?研究結果を」


「は?」


(は?)


良いわけないだろぉぉぉぉぉ!?カルロくん、君はなんてことを言うんだ。仮にも人類の為に幽霊についての研究を重ねに重ね今、一つの答えを導き出したんじゃないか。何を今更偽造しようとしてるんだよ。私たちの血と汗と努力の二十年間はどこに行ってしまったんだよぉぉぉ。


……早くここから解放してくれ紳士たち。私はもう元の場所に帰りたいんだ。

あぁ、強いて言えば人生で一度くらいは”恋愛”とかしてみたかったな……。


「……っは!おいイアン、井戸子が発光しているぞ」


「なにぃ!?井戸子、まさかお前まだ俺たちに秘密を隠していたのか!?おい、大丈夫か!?」


「戻ってこい!俺たちの二十年間はどうした井戸子!!」


ピキッ。


「お前らが言うなぁぁぁぁぁ」




- 数日後 -


「国民の皆さ~ん、おはようございます。只今、数多くの学者が長年研究し続けてきた”幽霊の正体”の解明に成功したとの報告が入りました」


スクランブル交差点を行き交う人々が足を止め、大きな建造物に掛かったスクリーンに釘付けになる。ざわざわと湧き上がる人々の声が、環境音と混じってジオラマになっていく様を、スクリーンの向こう側に笑顔を作るアナウンサーが見下ろしている。


「それでは、発表しましょう。幽霊の正体は念です!うらめしや〜。学会からの発表によると今後も幽霊の研究は続けてゆく所存であるとのことで、今後も進展が期待できそうです。それではよい一日を」


アナウンサーの声に静まり返った観衆が瞬く間に怒鳴り声を上げ始め、街は数日に渡って、後の歴史の教科書の端っこに載るほどには荒れた。

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