幽霊の正体は電気です
鮠いずも
第1話 机上の空論
「それで?俺たちが何世代にも渡って悩まされてきた幻覚の正体がただの電気だったわけか。こんなものに何憶も投資してたなんてまったく、国民には今更どう説明すればいいんだよ」
イアンは保有サンプルの書類を捲りながらため息を吐く。紙を捲り適当に目を通しているその行動にはきっと何の意味もない。癖というべきか、それとも動揺を紛らわそうとしているのか、こちらから見ればそんなところに思える。
「イアン、俺たちの研究に意味がなかったと思うか?」
この状況で必死に絞り出したにしては情けない言葉が、二人の緊張の間に流れるエアコンのノイズを遮りながらイアンに投げかけられる
「いや、そうじゃない。ただ面白みに欠けてしまうと思ったんだ。肩透かしを食らった気分だよ。俺たちの二十年間は何だったんだろうな」
「それ、間接的に意味がなかったって言っているようなものだぞ」
「俺だけじゃない。長い間本当に多くの金と研究者の努力をつぎ込んでやっと導き出した答えなんだ。家族も巻き込んだし、膨大な時間を消費した」
こちらの言葉には否定しない様子を見ると、やはり心の中では研究に意味がないと思っているのだろう。結局彼も自分のやってきたことを”正しいこと”であると言い聞かせているに過ぎない。
どいつもこいつも頭が良いくせして”結果”からは逃れられない。研究者とは所詮そういうものであるとこの業界に入って分かった。
イアン、俺も肩透かしを食らった気分でいるんだよ。お前が幽霊の正体にがっかりするよりずっと前から。何で俺たち人間は、空想や仮説を事実にしなきゃいけないんだろうな。
この仕事は今まで俺たちが自由に想像出来ていたことをまとめた紙切れと朝から晩まで睨み合って、最終的に国民の夢やロマンを潰す作業だ。長い年月とコストをかけて今まで想像出来ていたはずの自由を潰していく、そこに一体どんな正義があるんだろうな。
俺は知ってるよ。そこにあるのは研究した人間が導き出した一筋の答えに対する自己満足と、その結果を公表して世界を驚かせることで得られる愉悦だ。
考えてもみろ。幽霊の正体が電気であろうがそれ以外の、例えばお前の胸を躍らせるようなものだとしても、それを公表したところで現実を突きつけられた国民に何ができる?
残念ながら彼らはお前みたいに賢くないから、答えを聞くだけでこの結果を何か新しいことに活用するという頭は持ち合わせていないんだ。だから……
「イアン」
「?」
「偽造しないか?」
「偽造?」
「研究結果を、偽造しないか?」
「そんなこと許されるわけないだろ」
「バレなきゃ何にも引っかからないよ。それに、俺はまだ人々に夢を届けたい。お前だって同じはずだ」
「同じだよ。だけど……」
「金が必要だろ!」
俺が大声を出した直後エアコンのノイズが一瞬大きくなった。緊張、あくびが出そうになるのを嚙み締めて言葉を続ける。
「上のやつら。きっと幽霊の正体が電気だったって知ったら俺たちのことを見捨てるだろうな」
意表をつかれたようにイアンの瞳孔が開く。
「何……それはだめだ。それだけは、ダメなんだ。」
イアンの拳が震えている。そうだ、それでいい。お前は大切な存在のために時間を使うべきだ。それで初めて『人間』と言える。
「カルロ、お前は自分のしていることを、今から俺としようとしていることを正しいと思うか?それは既にお前の中で嚙み砕かれた言葉で、正義であると胸を張って言えるか?」
俺の眼を見つめるイアンの眼は、まるでこの研究を始めた時のことを思い出させて来るような、子どものように純粋で大人のように残酷なまなざしだった。
「何事も初めから正しいわけじゃない。それを正すのが俺たちの仕事だろ?」
俺のその一言を機にイアンはもう何も言わなくなり、再度机上の書類に眼をやると再びページを捲り出した。チラチラと紙の棚引く音が広がる部屋に、先ほどまでうるさかったエアコンの音はいつしか安堵に変わっていた。
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