第46話 王討伐

 王討伐の前日。


 ボクは車椅子に座りながら、窓の外を眺めていた。

 明日は歴史的な任務——世界を脅かす悪魔の王を討伐する日。


 でも、正直どうでもいい。

 王なんて、今のボクたちの力があれば簡単に倒せる。問題なのは、そんなことじゃない。


 本当に楽しみなのは、明日の戦いで結と遥香がどんな表情を見せてくれるかだ。


 特に、ピンチを演出した時の二人の反応。


 きっと絶望に歪む顔を見せてくれるだろう。そして、ボクが圧勝した時の安堵と崇拝の眼差し。


 想像するだけで、胸の奥が熱くなる。


 (ふふふ、楽しみだな)


 でも、その前に今日も二人で遊ぼう。


 特に、最近の結の複雑な表情がたまらない。遥香への嫉妬と、でも拒めない自分への混乱。その全てがボクを愉しませてくれる。


「結」


 ボクは振り返って、キッチンで昼食の準備をしている結に声をかける。


 「何? カナちゃん」


 結が手を止めて、こちらを見る。


 「今夜、遥香にキスしてもらえる?」


 その言葉に、結の表情が凍りつく。


 「え……なんで?」


 「見てみたいんだ。結が遥香とキスする様子を」


 ボクは無邪気に微笑む。


 「でも……」


 結が困ったような顔をする。


 「ボクのお願い、聞いてくれないの?」


 少し寂しそうな声で言ってみる。

 すると、結の表情が揺れる。


 「そうじゃないけど……」


 「結がボクを愛しているなら、きっと聞いてくれるよね」


 決定的な一言を加える。

 結の顔が青ざめる。そして、苦痛に歪む。

 でも、最終的には小さく頷いた。


 「分かった……」


 その瞬間、ボクの心に快感が走る。


 やはり、結はボクの言うことなら何でも聞いてくれる。どんなに嫌でも、どんなに辛くても。


 その従順さが、たまらなく愛おしい。


 夕食の準備の時間。


 ボクは車椅子でキッチンの様子を見ていた。


 遥香がメインで料理を作り、結が手伝っている。

 二人が並んで料理している様子を見ていると、結がボクのお願いを果たそうとしていた。

 ちょっと手助けしてあげちゃお。


 「二人とも、どう? 順調?」


 キッチンを覗きながら声をかける。

 2人は、バッと勢いよく離れ、気まずそうにこちらを見ている。特に結は縋るような瞳で何かを訴えてくる。ほんと――カワイイ。


 「ねえ、このまま見てるからさ、続きしてよ。ボクに見せて」


 その言葉に二人で顔を赤くする。二人には、ボクのお願いを断る選択肢はない。


 そして結の唇が、遥香と一瞬だけ触れる。そして二人してバッと離れる。


 「えー、思ってたのと違うなぁ。……まぁ二人とも可愛かったからいいよ。ご飯待ってるね」


 ボクは、少し不満そうにしながら、車椅子を操作して戻る。


 でも、内心では大満足だった。

 結の困惑した表情、遥香の純真な従順さ。


 どちらも、ボクを楽しませてくれる。

 夕食が始まると、ボクは満足そうに言った。


 「遥香の手料理、美味しいね」


 「ありがとうございます」


 遥香が嬉しそうに答える。


 「今日も一日、ありがとう。すごく楽しかったよ」


 「私も楽しかったです」




 夕食後、結と二人でお風呂に入った。


 遥香は先に入浴を済ませて、部屋で本を読んでいる。


 お風呂の中で、ボクは結に話しかける。


 「さっきのキス、どうだった?」


 結が驚いたような顔でボクを見る。


 「どうって……」


 「ボクとするのと違った?」


 その質問に、結の顔がさらに赤くなる。


 「それは……」


 「正直に言ってよ」


 ボクは結の顔を覗き込む。


 「……違った」


 結が小さな声で答える。


 「どんな風に?」


 「遥香ちゃんのキスは……優しくて、温かくて……でも」


 結が言葉を選びながら答える。


 その「でも」の続きが気になる。


 「でも?」


 「カナちゃんのキスと比べたら、全然足りない」


 結が小さな声で答える。


 「カナちゃんのキスは……完璧で、深くて、私の全てを満足させてくれる」


 その答えに、ボクの心は歓喜で満たされる。

 結にとって、遥香とのキスなど取るに足らないものなのだ。


 ボクとのキスこそが、結にとっての天国。


 「どっちが好き?」


 念のため、確認してみる。


 「カナちゃんのキスに決まってるじゃない」


 結が即答する。


 「遥香ちゃんのキスも嫌いじゃないけど……カナちゃんのキスはとっても気持ちいいの」


 その言葉に、ボクは深い満足を覚える。


 やはり、結はボクのものだ。


 他の誰とも比較にならないほど、ボクを愛している。


 「じゃあ、ボクと遥香がキスしてるところ見たい?」


 さらに踏み込んだ質問をしてみる。


 結の表情が一瞬で変わる。


 嫌悪と、強い拒絶の色が浮かぶ。


 「見たくない」


 きっぱりと答える。


 「絶対に見たくない。考えただけでも嫌だ」


 結の声に、強い感情が込められている。

 これは嫉妬だ。

 純粋で、強烈な嫉妬。


 「どうして?」


 「カナちゃんは私だけのものだから」


 結が涙ぐみながら答える。


 「他の誰ともキスしてほしくない。遥香ちゃんだって、ダメよ」


 その独占欲に、ボクは心から感動する。

 結の愛は、本当に深い。

 ボクを誰にも渡したくない、という強い意志。

 だから――


「ふふふ、じゃあ今度、ボクと遥香のキス、とっても濃厚なやつ見せてあげるね。」


 想像でもしたのか胸を押さえる結。

 その瞬間、ボクの心に深い満足感が広がる。


 結は完全に、ボクの手のひらの上にいる。どんな要求でも、最終的には受け入れてしまう。


 そして、その自分を嫌悪しながらも、止められない。

 この矛盾した感情こそが、ボクが求めていたものだ。


 お風呂から上がると、三人で就寝の準備をした。


 遥香は既に眠そうにしていて、挨拶を交わすとすぐにベッドに向かった。


 「おやすみなさい」


 「おやすみ、遥香ちゃん」


 「おやすみ」


 しばらくして遥香が眠りについた後、ボクは結と二人きりになった。


 「結」


 「何?」


 「今日も一日楽しかった」


 ボクは、結の耳元で囁く。


 「遥香はピュアだから、とっても可愛かったね」


 結が複雑な表情を見せる。


 「でも、結の方が可愛いよ」


 ボクは結の頬に手を添える。


 「ちゃんとボクのお願いを聞けて、偉かったね」


 その言葉に、結が小さく身を震わせる。


 「ご褒美に、ボクのこと好きにしていいよ」


 ボクは結に身を委ねる。


 結の目に、複雑な光が宿る。


 愛情と、支配欲と、独占欲、破壊願望。


 すべてが混じり合った、美しい表情。


 「カナちゃん……」


 結がボクの名前を呼ぶ。


 その声には、愛と恨みが同時に込められている。


 そして、結はボクを抱きしめる。


 力強く、まるでボクを壊してしまいたいかのように。


 でも、同時に大切に扱おうとする優しさも感じられる。

 この矛盾した愛情表現が、ボクはたまらなく好きだった。


 結の愛は、もはや純粋なものではない。

 嫉妬と独占欲と、そして諦めにも似た従属心。

 それらが複雑に絡み合った、歪んだ愛。

 でも、それこそがボクの望んでいたものだ。


 「愛してる、結」


 ボクは結の耳元で囁く。


 「私も……愛してる」


 結が答える。


 でも、その声は複雑だった。

 愛している。でも、同時に憎んでもいる。

 そんな複雑な感情が込められている。


 ボクは、その全てを受け入れる。


 結の歪んだ愛も、遥香の純粋な愛も。


 どちらも、ボクのものだから。

 その夜、ボクたちは深く愛し合った。

 結の複雑な愛情を、存分に味わいながら。


 翌朝、ボク達は、遥香よりも遅く目を覚ました。


 昨夜の「ご褒美」の余韻で、いつもより深く眠ったのだ。


 キッチンからは、遥香の歌声が聞こえてくる。


 きっと、特別な朝食を作ってくれているのだろう。

 結は、少し疲れた様子でコーヒーを飲んでいる。

 昨夜のことを思い出して、少し複雑な表情をしている。


 「おはよう」


 ボクが挨拶すると、結が振り返る。


 「おはよう……」


 少しぎこちない返事。でも、それも愛おしい。


 結は昨夜のことで、また新たな罪悪感を抱いているのだろう。


 ボクの要求に従った自分を、責めているのかもしれない。


 その苦悩する表情が、ボクには何よりも美しく見える。


 朝食は、遥香の愛情がたっぷり込められた豪華なメニューだった。


 「今日は特別な日ですから」


 遥香が嬉しそうに説明する。

 その純粋な笑顔を見ていると、胸が温かくなる。


 でも、同時に別の感情も湧いてくる。

 この無邪気さを、どうやって壊してやろうか。

 どうやって、ボクの色に染めてやろうか。


 そんな考えが、頭をもたげる。


 でも、今日はそんなことより、王討伐だ。


 ボクにとってはただの余興だが、結と遥香にとっては重要な任務。


 だからこそ、存分に楽しませてもらおう。


 二人の絶望と安堵の表情を、たっぷりと味わいながら。


 出発の時間が来ると、結は後衛施設に向かい、ボクと遥香は戦場に向かった。


 「頑張りましょう、かなちゃん」


 遥香が意気込んでいる。


 「うん、頑張ろう」


 ボクも答える。


 でも、内心では全く違うことを考えている。

 今日は、どんな「演技」をしてやろうか。

 どんな風に、二人を絶望の底に突き落としてから救ってやろうか。


 戦場に到着すると、他の部隊も集結していた。


 史上最大の作戦——王討伐。


 みんな緊張した面持ちで、最終確認をしている。

 でも、ボクだけは余裕だった。

 王なんて、ボクの敵じゃない。


 今のボクには、圧倒的な力がある。

 トリプルバディの力は、想像を遥かに超えていた。


 もはや、どんな敵でも瞬殺できる。


 でも、それをストレートに見せてしまったら面白くない。


 今日は、演技を楽しもう。

 ピンチを演出して、結と遥香を絶望させて。

 そして、最後に圧勝して見せる。


 きっと、二人とも感動してくれるだろう。


 ボクの強さに、改めて畏敬の念を抱いてくれるだろう。

 そんなことを考えながら、ボクは戦場の奥へと向かった。


 遥香も隣を歩いている。


 緊張しているが、ボクを信頼してくれている。


 その信頼を、今日は存分に利用させてもらおう。


 やがて、王の気配を感じ取った。


 圧倒的な魔力。他の悪魔とは格が違う存在感。

 でも、ボクには脅威ではない。むしろ、良い舞台装置だ。


 「来るよ、遥香」


 ボクは遥香に警告する。


 「はい」


 遥香が剣を構える。


 そして——


 王が姿を現した。

 巨大な体躯、禍々しいオーラ。

 まさに、悪魔の頂点に立つ存在。


 「ほう、小娘どもが二人か」


 王が嘲笑うように言う。


 「この程度で、我を倒せると思うているのか」


 その挑発に、遥香が反応しそうになる。


 でも、ボクが制止する。


 「落ち着いて。作戦通りにいこう」


 「はい」


 遥香が頷く。


 でも、ボクの「作戦」は、遥香が思っているものとは全く違う。


 戦闘が始まると、ボクはわざと苦戦しているふりをした。


 王の攻撃を、ギリギリで回避する。


 反撃も、わざと浅い傷しか与えない。


 「かなちゃん!」


 遥香が心配そうに声をかける。


 リンク越しに、結の動揺も伝わってくる。


 (結、見てる? ボクがピンチに陥ってる様子を)


 心の中で、結に語りかける。

 きっと初任務での絶望感を思い出したりしてるのだろう。


 その絶望感が、ボクには最高の調味料だった。


 「くそ、なかなかやるな」


 ボクは演技で悔しがる。


 実際には、王の攻撃なんて余裕で見切れている。


 いつでも反撃できるし、いつでも倒せる。


 首を掴まれ、締め付けられたりなんかしちゃって。


 「は、は……るか、援、護を」


 ボクは遥香に指示を出す。


 「かなちゃん!!」


 遥香が王に向かって行く。でも、王の力は遥香では太刀打ちできない。


 案の定、遥香は弾き飛ばされてしまう。


 それでも、好きが出来て拘束を解いた、という程にする。


 「遥香!」


 ボクは慌てたふりをして、遥香の元に駆け寄る。


 「大丈夫?」


 「はい、まだ戦えます」


 遥香が立ち上がろうとする。


 でも、明らかにダメージを負っている。

 この状況に、結はどんな気持ちでいるだろう。


 きっと、絶望的な気持ちになっているはずだ。

 ボクも遥香も、王に苦戦している。


 このままでは、二人とも殺されてしまうかもしれない。


 そんな恐怖に、支配されているはずだ。


 その恐怖を、もう少し味わわせてやろう。


 「ちっ、思った以上に強いね」


 ボクは演技を続ける。


 「このままでは……」


 わざと弱音を吐いてみせる。


 その瞬間、リンク越しに結の絶叫が聞こえたきがした。


 でも、もちろんボクには聞こえない。

 もう少し、この状況を楽しもう。


 「遥香、もうダメかもしれない」


 ボクは絶望的な声で言う。


 「そんな……」


 遥香が青ざめる。


 「でも、最後まで諦めない」


 「はい、私も」


 遥香が決意を新たにする。


 その勇敢さも、愛おしい。


 でも、もうそろそろ潮時だろう。

 結も遥香も、十分に絶望を味わった。


 ここで、逆転劇を見せてやろう。


 「……待てよ」


 ボクは突然、演技を変える。


 「もしかして、あの角が弱点か?」


 わざと気づいたふりをする。


 「角?」


 遥香が首をかしげる。


 「そうだ。あそこを狙えば……」


 ボクは確信を込めて言う。


 もちろん、角なんて弱点でも何でもない。


 でも、演出としては分かりやすい。


 「行くよ、遥香」


 「はい」


 二人で王に向かって行く。


 でも、今度は本気だ。


 ボクは一瞬で王の懐に潜り込み、角に向かって攻撃を放つ。


 角がおれ、弾け飛ぶ。そのまま連続して、圧倒的な魔力を込めた一撃。


 王は、あっけなく倒れた。


 「え……」


 遥香が呆然とする。


 あまりにもあっけない終わり方だったから。


 「やったね、遥香」


 ボクは満足そうに微笑む。


 「はい……やりました」


 遥香も、まだ信じられないような表情をしている。


 でも、すぐに喜びに変わる。


 「やりました、かなちゃん!」


 遥香がボクに抱きついてくる。


 その純粋な喜びを、ボクは受け止める。


 絶望から一転、歓喜へ。


 その激しい感情の振り幅が、ボクには最高のエンターテイメントだった。


 (ふふふ、びっくりした?)


 心の中で、結に語りかける。


 (ボクが本当に危険だと思った?)


 もちろん、聞こえるはずはない。


 戦いが終わると、真嶋さんたちが駆けつけてきた。


 「よくやった! 二人とも。本当によくやった!」


 真嶋さんが感嘆の声を上げる。


 「これで人類の勝利も目前だ。王を倒したことで、強い悪魔はもう現れなくなるだろう」


 「どういうことですか?」


 遥香が質問する。


 「悪魔は配下の悪魔を生み出すことができる。だが、自分より強い悪魔を生み出すことができないんだ」


 真嶋さんが説明する。


 「王が最強だったから、王以上の悪魔は存在しない。今後は、王以下の悪魔しか現れないさ」


 その説明に、みんなが安堵の表情を見せる。


 でも、ボクだけは違うことを考えていた。


 (悪魔はいなくなるかもしれない)


 (でも、ボクには関係ない)


 (ボクにとって大切なのは、結と遥香だけだから)


 世界が平和になろうと、そんなことはどうでもいい。


 ボクの世界は、結と遥香で完結している。


 この二人がいてくれれば、他に何もいらない。


 基地に戻ると、結が駆け寄ってきた。


 「カナちゃん! 無事でよかった」


 結がボクを抱きしめる。


 その腕に、微かな震えを感じる。


 本当に心配していたのだろう。


 ボクの演技に、完全に騙されていた。


 「心配かけてごめん」


 ボクは申し訳なさそうに言う。


 でも、内心では満足していた。


 結の心配そうな表情、安堵の涙。


 すべてが、ボクのための演技だった。


 「もう、あんな危険な真似しないで」


 結が涙ながらに言う。


 「うん、約束する」


 ボクは優しく答える。


 でも、心の中では別のことを考えている。


 (ふふふ、これからが本当の楽しみだ)


 王討伐が終わって、世界は平和になった。


 でも、ボクの遊びは始まったばかり。


 結の複雑な愛情と、遥香の純真な献身。


 この二つの対照的な愛を、ボクは存分に味わい続ける。


 どちらも、ボクのものだから。


 どちらも、ボクの思い通りに動いてくれるから。


 (これからは、思う存分二人で遊ぶんだ)


 ボクは心の中で、静かに微笑んだ。


 結も遥香も、まだ気づいていない。


 自分たちが、ボクのおもちゃになっていることを。


 でも、それでいい。


 気づかない方が、ずっと楽しいから。


 ボクは二人に挟まれながら、帰路についた。


 これからの日々が、どれほど楽しいものになるか。


 想像するだけで、胸が躍る。


 三人だけの、歪んだ世界で。


 ずっと、ずっと一緒に。

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