第4話 森の中で 1
落ち葉の上を、ガサガサと歩いて行く。
滑りそうだ、と、思っていた足元は、存外、しっかりした感触で、歩くことに不便は感じなかった。
翔太は、苔むした大木が点在する森の中を、ゆっくりと下っていた。
「間違ってない。間違ってない。」
森は、何かが出てくることもなく、静かで、歩く音だけがしていたが、何もない状況は、翔太の胃を、キリキリと締め上げていた。
考える時間が多すぎて、いいことが思い浮かばないからだ。
冷静になり、自分の状況に、実感が追い付いた、とも言えた。
「本当に、大丈夫かな?」
立ち止まり、振り返る。
だが、自分が、何処から来たのかさえわからない。
同じような景色が続き、わかるのは、多分、下っている、のみ。
「はぁ、、、。」
翔太は、大きく息を吐くと、歩き始めた。
どのくらい歩いたか、は、わからない、時計がないからだ。
日も、大木の枝に阻まれ、見ることさえできない。
失敗したかもしれない、と、その不安につぶれそうになりながらも、翔太が歩き続けていると、大木が少なくなり、木々の間が狭くなってきていることに気が付いた。
「出れそうなの?」
正解かはわからないが、その変化に勢いづいた翔太が、走り出そうとした時だった。
「キャンーーーーーー。」
「わぁっ!」
飛び上がって驚いた翔太は、大声を出した失態に気が付き、口を手で押さえながら、近くの木の陰に走りこんだ。
焦りと恐怖で血走った眼で、周囲を見回す。
と。
少し離れた低木の向こうから、複数の、何かが動く音が聞こえてくる。
「キャンーーーーーー。」
犬に近い、それも、子犬のような鳴き声に、翔太は、だっ、と、走り出す。
それに伴い、離れていた音が聞こえてくる低木が近づき、向こうに、動く何かの影が見える。
「ガルルルル。」
危険とも思える唸り声が聞こえた。
が。
翔太は、迷うことなく低木の脇を、勢いよく走った。
バキバキ、と、低木の細い枝が翔太に引っかかりながら、音を立てて折れていき、突き抜けた先、開けた視界には、二匹の犬と、向かい合って、小さな犬が対峙していた。
前に出ていた犬が、枝の折れる音に驚いたのか、翔太の方へ顔を向ける。
「やあぁぁぁぁぁぁ。」
目が合うと同時に、気勢を上げ、剣のことは忘れて、拳を振り上げる翔太。
身構える、二匹の犬。
「だっ!」
翔太が、気合とともに、適当に拳を振り下ろす。
しかし。
当たらない。
当然の如く、簡単に翔太の拳を躱した前に出ていた犬。
だが。
「ガルルルル。」
いったん、唸り声を上げるも、二匹とも背を向けて走り去った。
「えっ?逃げた?」
翔太は、完全に、戦闘になると覚悟していたが、あっさり引き上げてくれた為、拍子抜けしながらも、安堵で座り込むと、
カサッ、
後ろで小さく音がした。
振り向くと、小さな犬が倒れた音だった。
「あっ!」
走り寄る翔太。
よく見ると、脇腹に怪我をしているらしく、血が滲んでいる。
「ヒール、ヒールで!」
ひどい傷のようで、生々しい赤い肉が見えていて、少し怯む翔太だったが、すぐに立ち直り、先ほどのように指を傷に当てた。
「ヒール。」
言葉とともに、力を流し込んでいく。
だが。
赤い肉が見える部分は、小さくなったが、なくなることはなく、血は流れ出している。
「え?何で、何で、最後まで治らないの?え?」
思い付きもしない結果に混乱し、翔太は声を上げるが、いったん、深呼吸すると、答えを見つけた。
「そうだ、もう一回やれば。」
すぐさま、指を傷に当てる。
「ヒール。」
今度は、赤い肉が見えるところはなくなり、完治とは言えないものの、出血は止まったようだった。
「ふぅ、、、。」
一息つく。
「もう一回やれば、、、。」
「ガルルルル。」
唸り声。
見ると、先ほど逃げた二匹の犬が、戻ってきていた。
突然の乱入者を前に、様子を見る為に離れただけだったようだ。
そして、二匹の犬の四つの目は、より大きな獲物、つまり、翔太を獲物としてとらえているようだった。
「、、、。」
黙った翔太は、二匹の犬から目を離さずに、慎重に、小さな犬を抱き上げた。
息はしている。
死んではいない。
「グルルルル。」
威嚇の唸り声を上げながら、二匹の犬は、ゆっくりと近づいてくる。
頭に血が上っていた先ほどならともかく、一度、冷静になった今ならわかる。
ー こいつらには、勝てない。 ー
二匹の犬も、それがわかって戻って来たのは、間違いなさそうだった。
翔太は、小さな犬を、しっかりと胸に抱く。
で。
くるり、と、二匹の犬に背を向けると、全力で走り出した。
ー 逃げるが勝ち! ー
「グルルァァ!」
一瞬遅れて、二匹の犬も走り出した。
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