第19話 ヴェインの呪い
ダンジョンを出るとすでに陽が落ちきっていたが、なんだか野営する気にもなれなかった。
だから俺たちは話し合って、このまま街まで帰ることにした。
歩いていると無力感に襲われる。
ティアが捕まったあの時、何かができただろうか。
逆にあいつへ魔銃をつきつけて、人質にすれば良かったかもしれない。
「まあ今更か……。しゃーねえ、街に戻ったらヤケ酒だ!」
「おーいいですね、付き合いますよっ!」
「私もです」
またベロンベロンになった二人を運ぶのは勘弁して欲しいところだが、今日はそれも仕方ないか。
よし、たくさん飲んで忘れてやる。
「そういえば師匠は、なんで冒険者になったんれすか?」
いつものバルに着いてまだ十分も経ってないはずだが、ティアは既に呂律が怪しくなっている。
「今教えても明日には忘れてるだろ」
「そんなことないれすってぇ」
「でもそれ、わたしも気になりますっ!」
ロッカはティアとは違い、ケロッとした顔をしている。
これがドワーフの血統ってやつか。
「ふふん、もうお酒には慣れたので! マスターおかわりっ」
「そうか……それじゃ少し昔話をしてやるとするか」
こうして、俺は冒険者を目指すきっかけになった日のことを話し始めた。
「俺が生まれた村は高い山の中にあった。だからか周りには同世代の子なんかは一人もいないような
そう口にすると、牧歌的でちょっと不思議なあの村を頭に思い浮かべた。
この薄ぼんやりとした気持ちが郷愁とかいうやつだろうか。
「そんな村だからやることもなく、毎日本を読んで過ごしていたんだがそれにも飽きてしまって。だからある日、こっそり村を抜け出したんだ」
思えばこれが間違いだったんだろう。
いつも読んでいた本の中にはとんでもなく広い世界が広がっていたから、有り体にいえば憧れがあった。
しかし現実は無情で、村を出てすぐに俺は罰を受けることになった。
「目の前に突然現れたんだよ、ドラゴンが」
「ドラゴン……ですか? 伝説上の生き物じゃないですか」
「がおー」
俺もその時まで、物語の中にいる空想上の生き物だと思っていた。
赤黒く畏怖を感じるほどの巨体に、射殺すような目。
生物としてヒトとあまりに隔絶しているからか、魂の根源的な恐怖心を感じたもんだ。
「そしてドラゴンは言った、『お前がどうしても欲しくてたまらない』って」
「まるで求婚みたいですね」
「師匠ぉ、ドラちゃんは喋るのー?」
「いや、声帯はないだろうから思念で伝えてきた。女神の福音と似たような感じだな」
そう説明すると二人は頷いた。と、思ったらティアは船を漕いでいるだけか。
まあロッカが聞いているから続けるとしよう。
「その時はただ人を食いたいという意味かと思ったが……」
「たが?」
「ああ、違ったんだ。とにかく、そこにある人が現れてドラゴンの前に立ちはだかった」
彼のことを誰かに話すのは随分と久しぶりだ。
こうやって興味津々に聞いてくれるなら、話し甲斐がある。
「彼は自分のことを〝ただの冒険者だ〟と名乗った」
「冒険者、ですか……」
「それから俺が常に魔力を垂れ流していることを教えてくれた。それがドラゴンを引き寄せたのだろう、とな」
「それって魔物が魔力溜まりに吸い寄せられるのと同じ理屈ですかね?」
「きっとそうなんだろう。彼は自分でもドラゴンに勝てるか分からないから逃げろと言ったが……情けないことに俺は足がすくんでしまっていてな」
俺は思わず頭をかいた。
もしあの時、走って逃げられていたら未来は違っただろうか、と何回考えたことか。
「それを聞いた彼は仕方ないな、といった感じで微笑むと自分の魔力を体外に放出し始めた」
今思えば、とんでもなく強大な魔力だったからこそ未熟な俺の目でもはっきり見えたんだろう。
様々な色の混じった複雑な色をしていたことを覚えている。
「そして『ここが命の燃やしどころだな』と笑いながら自らをドラゴンに捧げたんだ。俺よりも自分の方が美味い魔力を持ってますよって感じでな。その時、彼は俺にひとつの呪いをかけていった」
「呪い……ですか?」
「ああ。〝体外に魔力を放出できないようにする〟という呪いだ」
これは封術とも違う体系だから、今でも解くことができない。
あの人の想いを裏切ることになる気がするから、ことさら解く気もないが。
「これでもう魔物に狙われることはないよ、と最後の瞬間まで優しく微笑みながら喰われていった」
「そんな……」
「彼を食ったドラゴンは魔力を垂れ流さなくなった俺にすっかり興味を無くしたみたいで、そのまま飛んで行っちまった」
ロッカは目を僅かに潤ませながら、話を最後まで聞いてくれた。
「俺もそんな彼みたいになりたくてな。魔力を放出できない、なんてハンデを負った自分でもできることを探しながら冒険者を目指した」
「そういうことだったんですね」
「最初は剣士にでもなろうと思ったんだがどうも才能がなくてな。幸い古代文字の勉強になる教材しかないような村だったから、封術を勉強するには最適だった」
「封術の魔術紋っていうのは古代文字ですもんね」
そんなロッカの言葉に俺は首肯を返す。
「ああ。誰かを守れる強さを身につけるために、必死で勉強をしたもんだ」
ロッカは真剣な表情で頷いた。
ティアは完全に眠ってしまっている。
今日、ティアを助けられなかったのも俺の力不足だった。
もっと強くならないと誰も守れやしない。
そう考えて握った拳に、ふと柔らかな手が添えられた。
「それじゃ明日からまた一緒に頑張りましょう! わたしももっと強くなって、ヴェインさんの役に立ちますからねっ!」
ロッカの言葉に、俺は少し救われた気がした。
そうだ、俺は一人じゃない。仲間がいるんだ。
「そうだな……それじゃ悪いんだが今すぐに力を貸してくれ」
首を傾げるロッカに「ティアを宿まで運ぶぞ」というと、相棒は呆れたように笑った。
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