第17話 思いがけぬ脅迫

「すまん、またやっちまった……」

 

 俺は魔銃マギシューターの残骸を手にして、頭を下げる。


「そのお陰で倒せたんじゃないですか!」

「こんなにバラバラになってても直せるもんなのか?」


 そんな質問に笑顔を見せたロッカは、おもむろに地面へしゃがみ込んだ。


「ほら、これがあれば大丈夫ですよ。設計図はわたしの頭の中に入ってますからっ!」


 小さな指で摘んでいるのは、見る角度によって色を変える不思議な石だった。


「それがエコーライトなのか?」

「ええ、そうですよ」


 やはりそうだったか。小指の爪よりも小さいサイズだ。

 今までにあれしか見つかってないとなると、話で聞くよりも希少なんだろう。


「ヴェインさん、それを渡してください」

「ああ、これか」


 ロッカはいつの間にか地面に落ちた魔銃の破片を拾い集め終わっていたようだ。

 それから俺の手に残っていた魔銃の残骸を回収する。


「あ、せっかくだからアレを素材にしましょう!」


 ロッカは弾んだ声でそういうと、さっき削り取ったゴーレムの装甲——魔鉄鋼に手を当てた。


「魔鉄鋼を使うのか?」

「魔力耐性の高い素材で本体を作ればそう簡単に壊れないでしょう?」

 

 彼女の手のひらが淡く光ると、硬い金属の塊だった魔鉄鋼がまるで粘土のようにぐにゃりと形を変えていく。

 魔工技士マギクラフターの力は本当に不思議だ。

 

「でも、これだけじゃ足りませんね」

「そうか、じゃあもう少し表面を削り取って……」

 

 俺がゴーレムの残骸に近づこうとした時、ロッカが首を振った。

 それから立ち上がると、倒れたゴーレムを指差す。

 

「この子、全部持って帰りたいですっ!」

「は?」

 

 思わず間抜けな声が出た。

 確かにこれだけの魔鉄鋼だ、持って帰れれば相当な量になるだろうが……。

 

「ロッカ、それはさすがに無理だろ」

「ですよね……」

 

 彼女は悲しそうな顔をした。

 せっかくの素材をみすみす手放すのが惜しいといった顔だ。

 しかしいくら三人がかりでも、あんなものを街まで運ぶなんて不可能だ。

 

「いや、待てよ……」

 

 俺は腰に下げた小さなポーチを手に取る。

 これは普段、魔石を入れて持ち歩いているものだが……。

 

「これに使ってる術式を応用すればいけるかもしれないな。ロッカ、ちょっとバッグを貸してくれ」

「はいどうぞ。何をするんですか?」

「こいつに魔術紋を刻んで、中の空間を広げるんだ」

 

 空間系の上位にある、次元魔術というやつだ。

 魔力消費が異常に大きいこともあって使い手はかなり少ない。

 しかし封術するのであれば一度封じてしまえば効果が切れるまで魔力消費を気にする必要がないわけだ。

 俺はそう説明した。


「でも魔力消費が多いということは、それだけ複雑な術式ということですよね?」


 さすがティアは封術士だけあってよく勉強をしているな。


「ああ。だから魔法陣で先に術式を構築しておいて、一気に刻むんだよ」

「簡単そうにいいますけど、まずその魔法陣による術式の構築というのができないんですが……」


 正確な魔法陣を発動させるためには古代語を学んで、自然に使えるレベルにならないと難しいからな。

 俺はちょっと特殊な環境で育ったから、小さな頃から当たり前に古代語に触れていた。

 そんな俺の技術が参考になるかは微妙なところだ。

 だからこそ弟子なんて取るつもりがなかったわけだが……。

 そんなことを話しているうちに、バッグへの封術が完成した。

 

「よし、さっそく試してみよう」

 

 俺は近くに落ちていたゴーレムの腕から指をねじりとって、バッグに入れてみる。

 すると、バッグの口よりも大きな指がすっと吸い込まれるように収まった。

 

「ヴェインさん、すごいですっ! 本当に中の空間が広がっているんですね」

 

 ロッカが目を輝かせて手を叩いた。

 

「重さもほとんどないから、容量一杯まで入れられるだけ入れちまおう」

「これは便利ですね! 今度からいろんなものを持ち歩けそうです」

 

 大きい部位はロッカに分解してもらい、ゴーレムの部品を袋に詰め込んでいく。

 

「よし、これで最後だな」


 そういいながら、ゴーレムの頭部をティアと協力して袋に詰め込んだ。

 

「お疲れ様です。こっちももう終わりましたよっ!」

「これが新しい魔銃か……なんか前のよりゴツくなったな」

「せっかく耐久力が上がったので、大きな魔石も撃てるようにしてみました」

 

 えへへ、とロッカが笑う。

 俺としてもしょっちゅう壊すのは忍びないし、これは有り難い改良だ。

 なによりこの無骨さには男心をくすぐられる。


「そういえばさっき気付いたんだが、奥にまだ部屋があるみたいだったぞ」

「行ってみましょう。ティアローズさんもこっちに……」

 

 ロッカが振り返ってティアを呼ぼうとした、その時だった。

  

「きゃああああああ!!」

 

 背後からティアローズの悲鳴が響いた。

 

「ティア!?」

 

 俺とロッカが慌てて振り返ると、部屋の入り口付近に見知らぬ男たちが立っていた。

 そして男たちの一人に、ティアが捕まってしまっている。

 

「いやぁ、お疲れさまでした。まさか守護者を倒しているとは」

 

 一人の男がこちらへ歩きながら、ねぎらいの言葉をかけてくる。

 その顔には作り物のような笑顔が張り付いていて、気味が悪い。


「誰だお前は?」

「僕はレーナー、ただの考古学者ですよ」

「あっ、あなたはわたしにここの情報を売ってくれた……?」


 男はロッカの言葉を無視して、いきなりパチパチと拍手をはじめた。


「いやぁ、それにしても本当に上手くいきましたね。さすが『彼』の采配です」

「彼……采配? ワケの分からないことをいってないでその子を離せ!」

「それにしてもなぜ男の方が生きているんでしょう? まあさすがの彼でも全てが思惑通りいかない、ってとこでしょうかね」


 レーナーと名乗った男は、こちらの言葉など全く耳に入っていないような態度で、ぶつぶつと独り言を繰り返している。

 それから男が不意に手を挙げると、ティアの首元にナイフが突きつけられた。


「ああ、これ言ってみたかったんですよ。さあ君たち……あの女の命が惜しければ——」

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