45.ぜんぶ宴会のせいだ


 ぱちぱち、と薪が弾けた。

 赤い火の粉が夜空へ跳ね、落ちる前に風に攫われて消える。

 陽が落ちきるころ、村の広場にはいくつもの焚き火が灯っていた。


 村の女たちは長机に布を掛け、畑から持ち寄った煮込みやパンを次々に並べていく。

 子どもたちは火の周りを走り回り、男たちは肩を叩き合って脅威が去った喜びを分かち合っていた。

 遠くの村から駆けつけた人たちも輪に混じり、英雄の活躍を称え合う。


 広場の中央には、一本だけ背の低い祭壇が設けられていた。

 そこには銀の皿に載せられた大ぶりの肉塊が、主役のように鎮座していた。

 

 ――ドラゴンの肉だ。


 切り口は深い赤で、表面に走る白い筋が肉の硬さを物語る。


 村の神父パーテルが短い祈りを捧げる。


「神の名において、穢れを断ち、糧と為す」


 杯を掲げる仕草ののち、おっさん騎士が進みでて肉塊に鉄串を刺す。

 肉が火に触れた途端、脂が汗のように滲みだし、野性味あふれる香りが一気に広場へ広がった。人々の喉がそろって鳴り、すぐに笑いへと変わる。


「まさかドラゴンの肉を焼くなんて経験ができるとはな」


 焼き場を仕切るのは木こりのセッソルさん――コカトリスに石像にされて大変だったおじさんだ――で、長い串を器用に回しながら、じっくり肉を炙っている。


 耳を澄ませば、誰が吹いているのか笛の音が聞こえる。

 お世辞にも上手いとは言えないが、宴会の場には十分な余興となっているようだ。

 手拍子がつき、笑い声が続き、いつのまにか広場は一つの大きな輪になっていた。


 僕はその輪の外側で火を見ていた。

 村の宴会とはいえ、教会の世話になっている身では、どうも輪の中に入りづらい。


 視線の先では、エリシアが腕まくりをして盆を抱え、給仕に歩き回っている。

 ブロンドの髪が火を受けて柔らかく揺れ、彼女が笑うたびに頬が赤く染まる。


「こっちも頼むよ、エリシアちゃん」

「はい、すぐに参ります」


 彼女の澄んだ声が、夜風に乗って届いた。

 胸の奥がポカポカと温かくなる。


 彼女が生きて、笑って、ここにいる――僕にとっては、それが何よりのご褒美だ。



 焼け具合を見計らって、薄く切られたドラゴンの肉が配られる。

 外は香ばしく、中はわずかに赤みを残した艶。

 お皿には山で取れる岩塩が添えられている。


 我先にと口に運んだ男が目を見開き、次の瞬間、豪快に笑う。


「なんだこれ、めちゃくちゃうめぇ!」――そのひと声が合図になったかのように、広場のそこかしこで歓声が上がった。


 僕も一皿受け取って、ドラゴンの肉を嚙み締めた。

 じわりと広がる濃厚な旨味のあとに、獣クサさが鼻を刺す。

 あの白いドラゴンも同じような味なのだろうか。


 一際、人の輪が大きい焚き火がある。

 中心にいるのは、もちろんカルナだ。


 今回のドラゴン討伐の主役であり、誰もが彼の武勇伝を聞きたがっている。

 片手を上げて「順番、順番」といなしているカルナの皿に、誰かが焼けた肉を切り分けて乗せ、また別の誰かが果実酒をなみなみと注ぐ。

 カルナは礼を言って口を付け、次の差し出しをやんわり断り、また別の差し出しに捕まる――その繰り返しだ。


「カルナ様、私が焼いたお肉を食べてくださいませ」

「いや、その……順番、ね? 皆さんにも行き渡るように……」

「あら、ドラゴンのお肉はお嫌い? じゃあ……、私を食べてくださいませ」

「せっかくですが丁重にお断りします。これでも神殿騎士ですから」


 カルナを中心に、周りの笑いが弾ける。

 彼は誰一人として乱暴にあしらわない。

 言葉を選び、身振りで冗談を返し、押されれば半歩だけ押し返す。

 それがどれほど難しいことか、見ているだけで疲れてしまいそうだ。


 杯がぶつかる音、笛に合流する太鼓の拍。

 焼けた肉の香り、酒に酔った男たちの声。


 恐怖から解放された者たちの宴は、大いに盛り上がりを見せていた。


「やあ、こんなところにいたのか」

「……主役がこんなところに来ていいの?」

「もうそろそろ勘弁願いたいね」


 もはや疲れた様子を隠す気もないカルナが、僕の目の前に立っている。

 村の人たちには見せない、素の彼の姿。

 自分には見せてくれる、ということが特別なことに思えて少し気分がいい。


「ちょっと酔い覚ましに歩きたいんだけど、案内してくれないか?」

「うん、いいよ」


 広場の喧騒を背に、二人で静かな夜道を歩き出す。

 炎の光が遠ざかり、代わりに満天の星が現れた。


「……ねえ、お酒ってそんなに美味しいの?」

「お酒は楽しいんだよ」


 そう言って笑うカルナの横顔は、焚き火の明かりよりも穏やかだった。

 僕はなるほどそういうものか、と納得した。

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