21.ぜんぶ多すぎたせいだ


 どうする?

 どうしたらいい?


 スライムの身体でやれることには限界がある。

 なにかアイツらを倒すための武器が欲しい。


 ……武器?

 そうだ。今の僕にはあるじゃないか。


 昨日の空振りは無駄じゃなかった。

 僕はレベルアップしたのは、きっと今日この時のため。


 変身したい姿を想像する。

 全身が真っ白で、人の形をしていて、槍を持ったモンスター。


 ――僕はスケルトンになった。


 翼をバサバサとはばたかせ、けたたましい鳴き声をあげて走り回るコカトリスが5匹。石化したモンスターで作られた巣が揺れて、大樹の枝が軋む。


 僕は槍を構え、身体の小さなコカトリスに狙いを定める。


 あたり前だけど、僕は生まれてから今までに一度だって槍を習ったことはない。

 だけど、レベルアップしたときに覚えた槍術(初級)のパッシブアビリティが、僕を立派な槍使いにしてくれていた。


 骨しかない口から冷たい息を吐き、僕は勢いよく槍を繰り出した。


「クケエエェェェェェ!?」


 首元に刺さった槍の穂先。

 突然その身を襲った強烈な痛みに、コカトリスが悲鳴をあげた。


 構わず僕は槍を引き抜いて、再度繰り出す。

 響き渡る悲鳴を聞いた仲間のコカトリスが、尻尾を振り回して巣の上を薙ぎ払う。


 とにかく仲間を助けようと、当てずっぽうで広範囲を狙った攻撃。

 骨だけの細い足でなんとかかわすと、僕は距離を取って槍を構えた。


 スケルトンはゴーストに比べると動きが遅い。

 それほど広くもない巣の上で、5匹もの暴れるコカトリスを相手にするのは得策ではない。


 まずはこいつらを下に落とす。

 そのための準備は進んでいる。


 ミシッと枝が軋む音がした。

 反応したコカトリスが注意をそらした隙を狙って、槍を突き刺す。


 仲間が近寄ってくる前に距離を取るヒット&アウェイ。

 怒りに暴れるコカトリスの足元でピシィッと一際大きな音がした。


 次の瞬間、足場が崩れ落ちた。

 大樹の枝が折れたのだ。


 枝が折れてしまえば、そこに乗せられていた足場――石化したグリーンズリー緑灰色熊――も落下するしかない。


 そして足場に体重をかけていたコカトリスも、一緒に大地へと落下していく。


 そして、僕が待っていたのはこの瞬間だ。

 追うように落下した僕は、真っ先に地上へと落下したコカトリスの身体を槍で貫いた。


「クケェェェェェェェェッ」


 それが最期の悲鳴になった。

 槍は心臓を貫いていたようで、みるみるうちにコカトリスの目から光が失われていく。やがてピクリとも動かなくなった。


 やっと、1匹。

 残り4匹。


【しゅぞく<ふし>れべる3】

【<グール>にへんしんか】

【アビリティ<ポイズンブレス>をかくとく】


 不死系がレベルアップしたみたいだけど、毒が効かない相手にポイズンブレスじゃ意味がない。ひとまずはこのままスケルトン続行だ。


 僕は木の上を見上げた。

 コールドブレスによって凍った枝は脆くなっている。

 その上で巨体のコカトリスが暴れれば、いかに巨木の枝といえど長くは持たない。


 ベキッと嫌な音がして、またしても枝が折れた。

 いくつもの石化したモンスターと一緒に、残りのコカトリスも落下してきた。


 地上に落ちたコカトリスたちは、突然の衝撃に身体を竦ませている。

 暗闇の中で、まだ何が起きたのかも理解できていないのだろう。


 その隙に、僕は一番小さい個体を狙って槍を繰り出す。

 さっきの一体を倒したときに、心臓の位置はおおまかにだけど把握している。


 狙いすました一撃で、2匹目のコカトリスを始末した。

 レベルは……残念ながら上がらなかった。


「クケエエェェェェェ!」

「「クケエェ」」


 身体の大きな個体が叫ぶと、残りの2匹が呼応する。

 鳴き声でそれぞれの位置を確認したのだろう。3匹のコカトリスはゆっくりと歩き出し、それぞれに距離を取った。


 ここからが本番ってことか。


 コカトリスの爪が、尻尾が、翼が、周囲を蹂躙していく。

 大樹の幹が悲鳴を上げ、草木が切り裂かれる。


 骨の身体には汗一つ流れないけれど、槍を持つ手がカタカタと震えていた。

 本気のコカトリスが放つ殺気。怖い。怖い、怖い。逃げ出したい。


 槍を強く握りこみ、もう一度エリシアの顔を思い浮かべた。


 深く息を吸い、骨の隙間から冷たい白霧を吐き出す。

 肺はないけれど、体内に空気を取り込みさえすれば息は吐ける。


 僕の方に近づいてきた一匹に狙いを定め、再び心臓を狙った一撃を放つ。

 しかし、身体をぐるりを回転させたコカトリスの身体に槍は刺さらず、 浅い傷をつけるにとどまった。


 ヤバい!

 慌てて後方へと飛びすさると、バシンッと破裂音が響き渡り、さっきまで僕が立っていた地面に大きな尻尾が打ちつけられた。


「クケエエェェェ!」

「「クケエェ」」


 コカトリスが一際大きく鳴いた。

 すると残りの2匹こちらに向かってくる。


 鳴き声で教えているのは、自分たちの居場所だけではないらしい。

 だが――、


「クエッ!?」


 コカトリスたちは揃って足を滑らせた。

 凍った地面に、足を取られたからだ。


 普段なら、この程度で足を滑らせるようなモンスターではないのだろうけど、視界を奪われてやたらめったら暴れている状態には効果てきめんだったみたいだ。


 今度こそ、コカトリスの心臓を貫いた槍。

 これで3匹。のこりは2匹。折り返したぞ、コカトリスどもっ!


【しゅぞく<スライム>れべる7】

【<ミネライム>にへんしんか】

【アビリティ<せきかえき>をかくとく】


【しゅぞく<ふし>れべる4】

【<レイス>にへんしんか】

【アビリティ<やみまほう しょきゅう>をかくとく】

【しゅぞく<あくま>をかいほう】


【しゅぞく<あくま>れべる1】

【<シャドー>にへんしんか】

【アビリティ<かげしばり>をかくとく】


 多い、多い、多いぞ。

 神の啓示がこんなにいっぱい出てきたのは、すごく久しぶりだ。


 なにやら闇魔法とか、種族<悪魔>の解放とか、気になるワードが盛りだく――。


 バキッ! ミシミシミシ、ガシャーーン!!


 なにかが折れて崩れる音がした。

 そこで僕の意識は一瞬、ぷつりと途切れた。

 しまった。やってしまった。


 僕がレベルアップに気を取られている間に、残りのコカトリスが体勢を整えて突撃してきたらしい。


 半壊した頭蓋が地面に転がり、僕は今、見事なまでに粉々にされた自分の身体を見上げている。


 四肢の骨が粉々に砕け散り、地面に飛散していく。

 槍は右手に握られたまま。手放す余裕すらない一瞬の出来事だった。


 こんなときでも、やっぱり浮かんでくるのはエリシアの笑顔。

 ああ、僕はここで終わり……なのか……。

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