20.ぜんぶ耐性のせいだ


 みつけた……っ!


 コカトリスが5匹。寄り添って寝ている。

 群れで行動するとは聞いてたけど、5匹はちょっと多くない?


 いやいやビビってる場合じゃない。


 あれ?

 でもここって木の上だよね。

 どうやって寄り添ってんの?

 足元はどうなって……うわっ、マジか。

 

 気づいてしまえばそれは、とてつもなく異様な光景だった。

 大木の枝から枝へ掛けられているのは、石になったモンスターたちだ。

 まるで敷物のように横たわっているグリーンズリー緑灰色熊と、周囲に壁を作るように積み上げられたアントラービット枝角兎

 そんな石化したモンスターたちをいくつも並べて作られた“巣”の上で、コカトリスたちは気持ちよさそうに眠っている。


 村を恐怖の底へと落とした元凶が、悠然と寝ている姿に湧き上がった感情は、静かな怒りだった。


 頭の中で桃色のスライムを思い浮かべ、ゴーストからトリプライムへと姿を変える。今、僕がスライムの身体で使えるアビリティは6つ。


 溶解液。

 麻痺液。

 毒液。

 睡眠液。

 暗闇液。

 幻覚液。


 溶解液しか使えなかった頃から考えると、ずいぶんと成長した。

 そんな僕が考えた最凶コンボをお見舞いしてやる!


 寝ている中でも一番大きなコカトリスに向かって、まずは麻痺液を噴射。

 顔を狙うことで目、鼻、口から直接体内に麻痺液を送り込む。


 続けて毒液を同じ場所にぶつける。

 麻痺して動けなくなった身体を毒が蝕んでいく、この最凶コンボに抗える者などいない!


 これで1匹目は終わり。

 次は隣にいるヤツを狙って……ん?


 麻痺液と毒液を浴びたはずのコカトリスが動いたような……。

 いやいやいや、そんなバカな。だって、麻痺だよ、麻痺。動けるわけないじゃん。


 でも、もしかしたら身体が大きいから一発じゃ足りなかったのかもしれない。


 僕は麻痺液をもう一発、コカトリスの顔面に喰らわせる。

 不安だったからもう一発、しっかり口を狙ってぶち込んでやった。


 その瞬間、コカトリスはその巨体を起こしてバサリと翼を広げた。


 なんでなんでなんでっ!?

 麻痺液が効いてないんだけど!!

 というか、毒液も効いてないっぽいぞ。


 もしかしてコイツら、状態異常に耐性がある?


 まだ状況を掴めていないらしいコカトリスが、バサリバサリと翼を動かしながら、しきりに周囲を見回している。


 どうやら僕のことを見つけられずにいるみたいだ。


『それに夜目が利かないらしく、暗いところでは目がほとんど見えないと聞きます』


 エリシアの言葉が、脳裏をよぎる。

 しきりに翼をはばたかせているのは、見えない相手への威嚇行為か。


「クックドゥルドゥードゥー!!」


 コカトリスが雄叫びを上げると、残りの4匹もモゾモゾと身体を起こしはじめた。

 そのうちの1匹が、どうもこちらをじっと見つめている気がする。


 ほとんど見えない、の『ほとんど』ってどれくらいだろう。

 全く見えないってわけじゃないんだよね。


「クケエエェェェェェッ!!」


 やっぱ見つかってた!

 叫び声を上げながらこちらに突撃してくるコカトリスに、ほかの4匹も同調するように僕の方へ視線を向ける。


「「「クケエエエエェェェェッ!!」」」


 重なり合う雄叫びが木々を揺らした。

 ドスドスと音を立てて走ってくる一匹に向かって、僕はあらかじめ練っておいた黒い液体を吐きつける。


「クケ? クックック、クケエエェェェェェッ!」


 再び、コカトリスの鳴き声が魔の森に響く。

 しかし今回は雄叫ではなく、悲鳴。


 さきほどまで真っすぐに僕の方を見ていたコカトリスの視線が、明後日の方に飛んでいった。左右にドタドタと走っては巣から落ちそうになり、翼を広げてバランスを取ることでギリギリ踏みとどまる。かと思えば、仲間のコカトリスの方に走っていって身体ごとぶつかった。


「クケ?」「ココ?」


 突然、狂乱したように騒ぎ出した仲間を訝しむように、ほかのコカトリスたちにも動揺がはしった。


 こんなチャンスを逃すわけにはいかない。


 僕はコカトリスの巣を跳び回り、黒い液体をほかの4匹にもかけて回った。


 「クケ? クケエエェェェェェッ!」

 「クケエエェェェェェッ!」


 1匹目と同じように、悲鳴を上げて辺りを走り回るコカトリスたち。

 石化したモンスターにぶつかると、首をねじって血走った目を見開く。

 その瞳には、もはや何も映っていない。


 僕の予想は的中した。

 

 麻痺にも毒にも耐性を持つコカトリスだけど、暗闇には耐性がない。

 むしろ弱点なのではないか、と考えたのだ。


 完全に視界を奪われたコカトリスたちは、敵である僕の姿を見失い、とにかく暴れることしかできなくなったわけだ。


 巣を構成していたいくつかの石が、コカトリスの体当たりによって地上へと落下していく。


 あとはトドメを刺すだけ……。

 トドメを……。


 アイツらに?

 トドメを刺す?

 いったい、どうやって?


 いつもは毒液でトドメを刺してたんだけど、アイツらには毒が利かないでしょ。

 じゃあ、アントラービットを初めて倒したときみたいに窒息させて……って、あんなでかい蛇の尻尾を、ブンブン振り回してる巨体に、どうやって近づけばいいのさ。


 というか、アイツの頭のサイズを包み込めるだろうか。

 もし包み込めたとしても、あの鋭利な爪が核に当たったら……。


 あ、ヤバい。

 核が砕けて、自分の身体がはじけ飛ぶ姿を想像してしまった。


 一気に襲ってきた死の恐怖。ぶるりと震える身体。

 脳裏に浮かんだのはエリシアの泣きそうな笑顔だった。

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