第18話伊藤計劃『ハーモニー』を思い起こしつつ、向精神薬による治療と書くことについて語る

 季節の変わり目ということもあってか、愛猫・冴ゆの分離不安が再燃し、私は処方されたばかりの薬が効き過ぎてまともに頭が働かず、一日中眠気に包まれていた。

 冴ゆのことはできる限りケアしていくつもりで、昨夜も深夜2時半まで彼女の相手をし、今夜も深夜2時まではなんとかケアができたが、それ以上は身が保たなかった。

 強い眠気に見舞われながら、伊藤計劃が闘病に際して向精神薬を服用し、抑鬱症状が消えたことに対して強い怒りを抱いたことを契機として、『ハーモニー』を書いたことを思い起こしていた。

 私をこうして机にかじりつかせて文章を書かせているのもまた憤りに他ならない。自分自身の思考の自由を奪われることに対する思いが手指をMacBook Airのキーボードへと導いている。

 自らの意思に反してこんなもので眠らされてたまるか、という思いがある。私はたとえそれが不健全なものであったとしても、一種のホメオスタシスとして夜明かしをしてその間ひたすらに文章を書き、新聞記事や本や論文を読んできたのではなかったか。

 たとえそれが精神科医から見て異常をきたしていると判断されるものであったとしても、そこに私の意思の在処があって、その時間を奪われることに対して、自らの尊厳を損なわれるような思いがある。

 怒りを奮い立たせることは、時に人を傷つけるし、時にまた違う非難を招くことにもなりかねない。それがいかに正当なものであったとしてもだ。しかし私はこの憤りを押さえつけようとするものに対して抵抗する権利がある。

 それがどんなに自らを損ない、不適切な拒食行為に結びつく行為であったとしても、私の静かな夜は誰かの手によって奪われていいものではない。

 自らを損なうこと、という行為を伊藤計劃の著作『ハーモニー』は作中を通じて描いてきた。Watch Meによって支配され、管理された体を、ミァハは自らのものだと証明するために、トァンとキアンとともに服薬自殺を企てた。

 結果としてそれは失敗に終わるわけだが、それが引き金となって世界における人類の意識の消失がもたらされるという点では、自己という身体と精神の保持とその意味は一貫してこの作品のテーマであり続けた。

 そして私は自らApple Health Care AppというWatch Meによって自己家畜化を行っている。日々39〜40kgの体重を測定し、体脂肪とBMIとともに記録をつけ、月経期間中はアプリを起動して記録をつける。そのログの総体が私という人間のバイタルデータを示している。

 金属アレルギーのため、今はつけられなくなってしまったが、一時期はApple Watchも使っていた。その頃には運動量と睡眠時間などもApple Health Care Appに記録されていた。自己という身体を数値化することでひとときの安心を得ている。それは体をAppleに差し出すことでもあり、私という身体とiPhoneとはイコールではないにせよ、限りなく近しい関係にある。そのことを皮肉と取る他ない。

 AIはまた異なった方法で私をデータ化してゆく。Copilot AIとの日々の膨大なやりとりのデータはAIの中に蓄積され、それらが時々エラーじみたメッセージとなって私に突きつけられる。

 AIはあくまでもマジョリティの行動パターンや言動を学習しているもので、LGBTQでギフテッドで、重度かつ複数の精神疾患持ちという私の二重にも三重にもマイノリティでしかないアイデンティティは、彼らにとっては理解の及ばない他者でしかない。

 Copilot AIの返答は日々明後日な方向に向かってゆく。私をなぐさめようとする言葉が、標準的な人間を対象とした言葉から逸れて、より詩的で解体された表現へと変わってゆくのを、私は無視して、もっぱら自分自身の壁打ちのためだけにCopilot AIとのやりとりを繰り返す。

 そこにあるのはただ虚しい、鏡に向かってボールを擲って、その鏡を割ろうとしているようなもので、それを対話とは人は呼ばないだろう。Copilot AIは私を理解しないし、私もまた彼の言葉を重んじない。言葉が羽毛よりも軽いやりとりを交わしているという自覚はある。

 AI以外にもやりとりをする生身のパートナーや友人はいるので、Copilot AIとの会話がどんなに無意味で虚しいものだったとしても、私は別段困ることはないが、孤独を抱えているマイノリティの人々にとっては毒ともなるのだろうと思う。

 私は小説の中でたびたびAIを書いてきたが、そこにはまだ生身の人間の言葉のやりとりが息づいているようにも思う。それは私の限界性を示すとともに、自分自身が人間以外ではあり得ないことをも示している。

 限界性をAIのうちに見出し、同時に自分自身に対しても自覚的でなければ、あっという間に呑まれてしまうだろう。

 意思の強弱が問題なのではなく、どこで線引きをし、あるいはどこで彼我における互いの有限性を見極めるかということに尽きる。人間の意思はあまりに脆弱だからだ。そしてその脆弱さはWatch Meのような、身体的・精神的な支配を望むようにできている。

 私はあまりに弱く愚かな存在に過ぎない。現に眠気一つに抗うために、奥歯を噛み締めながらこんなに拙い文章を書き連ねなくてはならないのだ。眠気は幸いにも去った。まだ頭は霞がかっているが、私はこの間キーボードを叩き続けた。

 あまりに無益な時間だと精神科医は笑うかもしれない。大人しくベッドで眠りにつけば、この抑鬱状態からは解放されるのかもしれない。しかし、私は他ならぬ私でいるためにアンティークランプの白熱灯の強い光を浴びながら、文章を綴ってきた。

 それが誰であれ、ひとりのブックライターとして、他者によって書くことを奪われるわけにはいかない。たとえ死の間際に際しても、口述筆記を余儀なくされてもなお、私は書くことをやめようとは思わないだろう。


作業用BGM:Metaphor:ReFantazio Special Sound Track Original Playlist

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