第10話やなぎみわ『フェアリーテール 老少女綺譚』『WINDSWEPT WOMEN 老少女劇団』を読む
老いというものと、女の肉体がダイナミックに誇張されて表現された写真集『WINDSWEPT WOMEN 老少女劇団』は、モノクロームという表現を超えて私に迫ってくる。その体にはさまざまな傷があっただろう。性的な対象として消費されることを許さない、老いた乳房、強調された太ももの質感の雄弁さには圧倒された。
女の体が女自身のものであり、それが女から、あるいは女の肉体におけるエイジングという現象から、切り離されることなく表現されているという点において、これはフェミニズムを克明に表した作品に他ならない。やなぎみわはあまりに早すぎた写真家だったように思う。
今この作品が世に出ていたら、さらなる名声を得ていたであろうことは明白で、私は『フェアリーテール 老少女奇譚』を再読したことで、彼女の作品と出会い直したのだが、これも必然だったように思う。
それにしても一昔前の造本や写真集としての格の高さ、完成度の素晴らしさは言うまでもない。今年の春に読み返した、就職氷河期世代の女性版画家である、束芋『断面の世代』展図録も同様だったが、2000年代の蔵本の質の高さを見ると、今や失われようとしている文化がそこにあるなと思わずにはいられない。
もっとも、さらに遡ればそこには『世界幻想文学大系』や、箔押し上製本の澁澤龍彦の書物のような、見事な造本の痕跡を見出すことができるのだろうが。
話をやなぎみわに戻すが、私にとって彼女の作品は、高校時代に朝日新聞の書評欄で『フェアリーテール 老少女奇譚』を知ってからの長い付き合いになるし、その過程で上京もして、この本をなけなしのお金で買って、それからずっと本棚に架蔵してきたこともあり、まさに半生を共にしてきた写真家だと言えるかもしれない。
『フェアリーテール 老少女奇譚』は老女と少女が織りなす、童話をベースとした、美しい悪夢のような写真が多数収められた写真集で、今は絶版となっている。
フェミニズムが再び盛り上がりを見せ、怪奇幻想カルチャーが人口に膾炙した今の世の中に出ていたら、おそらく当時以上の話題をさらった一冊になっていたのだろうと思う。
私自身はこの『フェアリーテール 老少女奇譚』をそう度々開いていたわけではないし、購入して間もなく泊まり、袂を分かってしまった友人宅の母君からは眉をひそめられた本でもあった。
思えばそうして顰蹙を買うような本をずっと集めてきた。実母からはTH(トーキングヘッズ)叢書をゴミ袋に勝手に入れられたこともあり、当時手放さざるを得なかった本たちは、未だに手元にない。
だが彼女たちが厭わしいと思うものの中に、私自身の何か本質的な価値観が眠っていたようにも思うし、別のエッセイにも書いた通り、それは寡黙な父が、エゴン・シーレのどこか病的なタッチの絵画を愛していたのと同様に、その娘である私にもそうした血が受け継がれていたのだと思う。
やなぎみわの『フェアリーテール 老少女奇譚』のその後の日本のアートシーンはどうだっただろうか。この十余年で、見るべきものは、松井冬子を除いて出てこなかったように思う。そして彼女もまた女性であり、病める肉体を克明に描写し続ける画家でもある。
傷という表象、そして身体性というものが、おそらく私のひとつのテーマであることは間違いない。そしてそのテーマに形を与えてくれたものは、少なくとも私にとっては初めは言葉ではなく、言葉以前のアートであった、ということは特筆すべきことなのだろうと思う。
そして身体性と傷、さらに誇張された肉体、と連ねて書くと、私の頭の中に中川多理『薔薇色の脚 中川多理人形写真集』のことも記憶がよみがえってくる。両者に影響関係があるのかどうかは定かでないし、中川多理が制作した人形のベースとなっているのは、言うまでもなく山尾悠子『夢の遠近法』に収録された「夢の棲む街」の踊り子たちなのだが、彼女たちの肉体もまた消費を拒むという点で、フェミニズムに通底している、という指摘が写真集の解説にはあったのだった。
「私の肉体は私のもの」という思想は、私の敬愛する伊藤計劃『ハーモニー』にも度々頻出する。
それはいとも容易く侵犯され、収奪され、あるいは恣意的に消費されてしまうものでもあり、それゆえに女の肉体を起点として、主体性を強調し、客体として消費されることに抗うというメッセージは、伊藤計劃がその才能を輝かせ、造本技術に優れた本が作られていたゼロ年代から時を経て、自己肥大化し、客体として消費されることにばかりフォーカスしたセルフイメージの氾濫とともに、SNS発祥の本が書店に満ちる今こそ、改めてその真価を捉え直すべきなのだろうと思う。
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