第2枝 沸き立つ心
〈本日の豆知識【TIPS:1】〉
女神ノラはFPSよりもRPGの方が好き。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
改めて現状を把握しよう。
「身体は確かに軽いし肌もピチピチしてる。ってことは本当に15歳に戻ったって事なんだろうけど……何処だよここ……」
だがその疑問の現在地についても、薄っすらと聞こえたあの女神の声を参考にするならば大まかな予想は出来る。
『異世界への回帰ですが。頑張って戻ってきて下さいね』
異世界。確かにあの女神はそう言った。けれど、それをそう簡単に信じる事は……信じる事は……信じるしか無いんだよなぁ……。
「こんな景色の場所が地球に存在するのか……?」
取り敢えず日本では無いことは確かだ。少なくとも、それくらいは周囲に生えている草木を見れば分かる。
例えば、沖縄と関東では植生が全く違うだろう? 沖縄では赤いハイビスカスが鮮やかに咲いてたりするが、東京では中々見かけない。
そういう差異を人間は五感で感じ取っているのだ。で、その五感がこんな場所知らないーって叫んでる。
「いや……まだアマゾンとかそっちの木々が生い茂る国の可能性も……無いな」
淡い期待を抱いては、すぐに現実が視界に入って肩を落とす。
もう少し地球ではあると言える根拠を探したかったのだが、潔く観念してここは異世界だと飲み込む事にする。何故なら――
「――巨大な木が淡く光る場所なんて存在しないよな」
遠くで存在感をありありと放っているソレは、薄白く発光しているのだ。日光を反射してるとかそういう事じゃない。巨木自体が光っている。
しかもひと目見て誰しもが巨木だと言うくらいあの木は大きい。木の天辺を見るには思い切り見上げるしかなく、ずっと見ていれば首が痛くなってくるくらいだ。
「日本最大の電波塔レベル……いや、それ以上だな」
そして当然木なのだから、その高さに比例するように横幅も非常に大きい。遠いから正確な横幅までは分からないものの、まるでゲームに出てくる世界樹だ。
「……はぁ」
というわけで、こんな木が生えている場所が地球なはずが無いという事だ。
地球だったら流石にテレビの特集か何かで知っているはずだからな。高校1年生より前の記憶がないとは言っても、しっかりと35歳までは生きたのだ。外の世界の情報を絶っていた訳でもない。寧ろネットにしか居場所がなかった部類の人間だ。
そんな人生の中でこれだけの巨木を見聞きしたことがないという時点で、ここは地球では無いと考えるべきだろう。素直に受け入れたくは無いけれど、受け入れるしか無い。
「一旦は異世界だと受け入れるとしても、どうやったら日本に帰れるかが問題だな。日本からこっちに来れるなら、こっちから日本に行くことだって不可能じゃないはずだけど……あの女神なら出来るんじゃないか?」
もし女神ノラに頼めば帰れるとしても、あの女神をどう呼ぶのかも問題になる。呼ぶ方法として考えられるのは3つ。
1:前世の如くここでも不幸に見舞われてみる
2:ここが文明初期だと仮定して祈ってみる
3:全力でブチギレてみる
「んーまずは3番から試してみるか? 祈りとかは何か儀式とか必要そうだし、これが1番手っ取り早いだろ」
そうなれば準備運動だ。いい歳した大人がいきなり大声なんて出したら、身体のどこかしらが絶対痛くなるからな。
「ふっ! はっ! あーあーあー」
少し走って移動してみたり、ジャンプしてみたり、シャドーボクシングしてみたり……後は発声練習とか。
そんな事を5分間くらい色々とやってみたのだけれど、どうも身体がおかしい。異様に疲れない。
「……なんでだ?」
走ってもジャンプしても全身が軽い。今ならいくらでも走れそうだし、いきなり歌っても喉をやらなそうだ。35歳だと言うのにこんな若い頃みたいな……あ。
「そうか、今の俺は15歳だもんな」
やっぱりいきなり若返ったという事実に頭がついてこない。どうしても若返る前の基準で物事を考えてしまう。思考を切り替えなければ。
まぁ今は、いきなり大声を出したって平気って事だけ意識しよう。全力でも問題ないってね。
それじゃあ女神に怒りをぶつけますかね。
「回帰するって日本じゃないのかーーーい! なんで説明してくれなかったんだよ馬鹿やろーーー!! 女神ノラのあほーーーーう!!!」
あほーう……あほーう……あほーう…………。
「うん、まぁそりゃそうだよな」
そんな簡単に返事が来たら、逆にどう反応すれば良いか分からなくなりそうだ。
「切り替えよう。まだ方法はある」
こうなると1番か2番の選択肢をやる必要があるけど……異世界に回帰してまで不幸な目には遭いたくない。
というか不幸な目に自主的に遭遇するというのは不可能だ。意図して不幸な目にあったら、ソレは不幸じゃなくて予定調和と言うべきだろう。つまり、必然的に俺が選ぶのは2番の『文明初期だと仮定して祈ってみる』となる。
「でもなぁ……祈るってどうやるんだ?」
日本では特定の宗教に入ったりしていなかったし、祈る時間があったら働いていた。だから祈るというのがどういうものなのか分からない。
取り敢えず両手を組んで頭の前に持ってきて……後は両膝を地面について天に向かって祈ってみるか?
「おー女神ノラよ! どうして貴女は女神ノラなのですか? 迷える子羊をお救いクダサーーイ! ……って絶対違うだろコレ」
うん、駄目だな。非現実的すぎてなんかハイになってるわ。
「一旦落ち着こう。すぅーはぁー……すぅーはぁー……」
深呼吸を何度か繰り返し、冷静さを取り戻す。そしてそのまま周囲を見渡してみれば、絶景が俺の視界を覆った。
巨木に目が取られて気が付かなかったけれど、どうやら今俺が立っている場所は小高い丘のようで、辺りを満遍なく見渡せる。
視界に広がる緑の海は、大樹海と呼ぶに相応しいほどに視界の全てを埋め尽くし、清涼な空気に当てられた木の葉がサワサワと心地の良い音色を奏でさせている。そこに小鳥のさえずりや小川のせせらぎが合わさることで、大自然を全身で感じることが出来る。
控えめに言って最高だ。
「視力も戻ってるんだな。……こういう秘境みたいな所1回来てみたかったんだよな。しがらみも何もかも忘れるくらいの絶景をさ、見たかったんだ……」
唐突な異世界回帰。正直女神ノラに言ってやりたい事の1つや2つあるけれど、この光景は悪くない。最悪な異世界じゃなかった事だけは感謝しよう。
「空気は澄んでるし、身体も軽い。今なら何処にでも行けそうな気分だ」
深呼吸をして冷たく澄んだ空気で肺を満たす。すると、何処からともなくやる気が漲る感覚に襲われる。
「……行っちゃうか?」
まだハイから抜けられていないのかも知れない。無性にあの巨木の下に行きたくなってきてしまった。
「3kmくらいか? ……よしっ! 思い立ったら行動あるのみ!」
無性に沸き立つ若き心に従って、俺はいきなりフルスロットルで走り出す。こんな無茶をしても身体は悲鳴をあげない。若い身体はなんて最高なんだ!
「うおぉぉぉぉ! 目指せオリンピックぅぅぅ!!」
なんてわけの分からないことを叫びながら走ること10分。鬱蒼と生い茂る木々たちを避けながら全力疾走し、目的地である巨木の足元に到着した。
「はぁ…はぁ……なかなか、早いんじゃないか……?」
見上げれば圧倒的サイズを誇る巨木……いや、巨大樹。巨大過ぎて神聖さすら感じるその木は、俺の悩みなんて全てちっぽけだと思わせられる程には現実離れしていた。
俺の目算は間違っていた。こんなのが地球にあるわけがない。存在するわけがない。俺の知識にある何と比べても巨大過ぎる。
「……ふぅ。で、どうするか」
取り敢えず走ってみたものの、別に目的は無かったのだった。
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