『召喚カード』と挑む底辺リーマンの『現代ダンジョン』攻略記

八゜幡寺

第一章:冒険者立志編

1:軍資金が溜まったので会社を辞めた社畜

 深夜二時。よれよれのスーツを着崩した男が古びたアパートの一室に転がり込んだ。


 伸びきった無精ヒゲに、青アザのごとく色付いた目の下のクマを見れば、さながらリストラされたその日にカツアゲもされた哀れなサラリーマンの有様である。

 だが事実は少し異なる。


 この男は今しがた、108日連勤の超絶激務を成し遂げたところであり、そして既に、109日目へのカウントダウン真っ只中なのだ。

 本来ならば玄関先で突っ伏して、這いずりながら寝室の布団の中に潜り込むのがここ最近の日課だった。


 しかし今日の彼は、一味違った。


 男はおもむろに、コンビニで買った安物の栄養ドリンクをカシュッと開けて一気に飲み干し無理矢理にでも目をギンギンに覚醒させて、マグマのように熱いシャワーを浴びて、これまた今しがたコンビニで買ってきたばかりのカップラーメンを三つも平らげた。


 死んだ魚のような黄色く濁っていたその男の目には、すっかり生気が漲っていた。


 ――苦節八年。

 ぽつりと呟き、男は自らの預金通帳を眺める。 


 通帳の名義には『陸奥ヤスタケ』の記載。預金残高は400万円を超えていた。最新の振込日は今日の日付だった。

 ヤスタケはその金額をご満悦に眺めて、静かに「グフッ」と笑う。

 ついつい決意が口からこぼれる。


「これで遂に、ガキの頃からの夢だったダンジョンに挑むことができる。今までよく頑張ったよ、俺……!」


 ヤスタケは心の中で叫んでいた。

 実際に大声でもって自身を祝福したい所だが、そんなことをすれば隣人に壁を叩かれ怒鳴られることは明白だから止めておいた。

 ただ静かに熱意を燃やして、何冊ものダンジョンに関する本を手に、寝ずにそれを読み明かした。


 ――翌日、会社へ赴くと、上司の机に辞表を置いて退職した。

 突然の事に、昨日までのヤスタケと同じゲッソリとした顔付きをする社員の誰もが、死んだ魚の目で彼の背中を見送った。




 この世界はダンジョンによって発展を遂げた。

 ダンジョンに眠るアイテムにより化学は著しく進歩し、人々の生活を豊かにした。


 自動車に船に飛行機……。巨大な金属の塊が高速で陸海空を行き来するなど今となっては当たり前だが、それもダンジョンが出現するほんの五十年前には想像すらできなかったことだ。


 戦争によって他国から資源を奪い合う時代は終わり、ダンジョンから資源を採掘する時代へ……。

 そして現代。

 ダンジョンは、一大娯楽施設となった。


 ダンジョンへの挑戦は、その一部始終を生配信。手に汗握るダンジョン攻略は、瞬く間に人々を熱狂させた。

 そしてダンジョン攻略は、成果に見合った賞金と、ダンジョン内で得たアイテムの一部が与えられる。一攫千金も夢ではなかった。

 ヤスタケは、そんなダンジョンに挑む者――通称、冒険者となることを幼少の頃から夢見ていたのだ。


 電車を乗り継ぎ三十分。

 上司の鬼電に無視を決め込み、ダンジョン施設の最寄り駅に到着。


 ドーム状のダンジョン施設の周りにはいくつもの商店が軒を連ねている。駅近辺はブランドや日用品の小売店が大半だが、しかしダンジョン施設に近付くにつれて、他では見られない、独特な店舗が増えてきた。


 武器のカワシマ。防具屋AEGIS。ダンジョン雑貨専門店。

 剣に鎧に回復ポーション等々、それぞれの名に見合った商品が展示されている。


 しかし真っすぐダンジョンへと向かうヤスタケの目にそれは映ってはいない。

 ダンジョン施設の自動ドアを潜り窓口へ赴くと、すぐに受付嬢が対応してくれた。


「いらっしゃいませ、『町田ダンジョンズ』へようこそ! ご用件をお伺いします!」


 ニコリと営業スマイル。さりげなく青いキャップを被り直す際に、お団子にまとめた髪が見えた。


「挑戦の手続きをしにきました。【ダンジョンアタック】の」


「はい、ありがとうございます! ダンジョンに挑戦されるのは……あなた、ですか? えーと、どなたかの代理の方でしょうか?」


 自身の恰好の場違いさに今頃気づいたヤスタケ。

 スーツ姿の冒険者など聞いたこともない。


「すみません。こんなナリですが、【ダンジョンアタック】に挑戦するのは俺です」


「あ、そうだったんですね! 失礼いたしました。……ちなみに、武道の段位や軍事経験、その他、死と隣り合わせの危険に身を置くお仕事の資格などはお持ちでしょうか」


 当然、ヤスタケにそんなものは一切ない。

 108日連勤という死と隣り合わせの仕事をこなしたことは確かにあるが、それは意味が違ってくる。この受付嬢が言っているのは、まさしく物理的に、ダンジョンに挑むほどの実力がある人物なのかということだ。

 素直に首を振る。


「ありませんね」


「……誠に残念ではございますが、ご自身で資格を身につけるか、各種資格持ちの方とパーティーを組んで頂かなければ『町田ダンジョンズ』では【ダンジョンアタック】のご利用をお断りさせて頂いております」


 当然こうなる。

 だが彼は、初めから別の手段を選ぶつもりだった。


「――ガチャを引かせて下さい」


 それこそ、ダンジョン攻略する上で最も重要とされる――召喚カードガチャだった。


 ダンジョンと共に突如として現れたそれは、一定量の魔法石を捧げることで、ランダムに召喚カードを排出する。

 そして召喚カードから具現化するのは……強力無比な力の権化。


 ヤスタケ自身には確かに戦闘の素養はない。だがガチャを回すことで召喚カードを得ることが出来れば、それは紛れもなく、ダンジョンに挑む資格を有するのだ。


「……『町田ダンジョンズ』では、一回百万円のガチャのみとなりますが」


「わかってます」


 よれよれのスーツに身を包むヤスタケの全身に目配せをし、怪訝な顔をする受付嬢。使い古したおおよそ1000円の腕時計のみを装飾した彼にそんな大金を用意できるとは思えなかったのだ。

 しかし証拠と言わんばかりにヤスタケは札束をドンとカウンターに置いてみせた。

 ごくりと息を呑む受付嬢は、数秒だけ考える素振りを見せてから、一息つく。

 ニコリと微笑む。


「……かしこまりました! それでは『ガチャの間』にご案内いたします!」


 受付嬢に従い施設の奥へと通される。

 何人もの警備兵の厳戒態勢のもと、部屋の中央に設置された一台のガチャ。


「それでは陸奥様。こちらが魔法石となります。ガチャに捧げて、レバーを回して下さい」


 受付嬢の合図で、黒服サングラスの職員が虹色に光る拳大の宝石を提示する。

 ヤスタケは受付嬢の言葉通りに、まずは魔法石を百万円で購入。領収書もしっかりと書いてもらい、それを手にした。ほんのりと暖かい。


 意を決して、ガチャのトレイに魔法石を置くと、たちまちそれは吸い込まれていった。

 長年、汗水垂らして稼いた金。その努力の結晶とも呼ぶべき魔法石が、あっという間にガチャへと吸い込まれ消えていく光景に……、ヤスタケは少なからず、心の奥底で後悔した。


 しかしそんな感情も、レバーに手をかけた瞬間に全て忘れ去ってしまう。


 今あるのはただ、このガチャから、どんな召喚カードが排出されるのか。

 彼の心は、期待と緊張に打ち震えていた。


「……いきます!」

「はい、どうぞ!」


 意気込んでレバーを回す。

 半回転ごとにガチャリガチャリと音を鳴らして、そして……唐突に、ガチャはピカッ! と輝いた!


「うお、こ、これは……!」


 光の最中にカードが一枚。ガチャから頭を覗かせる。

 それを恐る恐る引き抜くと……。


――

レアリティ:SR

タイトル【漆黒の魔女・アレンビー】

攻撃力:3000

防御力:900

操作性:E

▶『カラーズウィッチ』シリーズの一人。得意の爆炎魔法で辺り一面を灰燼と化す。

「ちょっと待って敵近い! もっと離して離して! 自爆しちゃう!」

――


「SRカード!? うそ、まさか一発で!? いや、でもそれは……」


 受付嬢が感嘆の声をあげる。

 召喚カードにはレア度があり、C・B・A・SR・SSR・LRと並び、後者になるにつれてカードの性能が向上し、かつ排出率が大幅に下がっていく。


 今回、このダンジョンに設置されたガチャから引ける最高レアリティはSSRだが、百万円分の魔法石量では排出率0%。つまりヤスタケが引ける現状で最高のレアリティがSRだった。

 確率は、2%以下。


 格闘技の段位や軍事経験などを有する一般人は、全15階層ある『町田ダンジョンズ』のせいぜい2階層までしか案内されることはない。そうだとしても毎年一定数の死人は出る。


 本気でこのダンジョンの踏破を目指すならばこのガチャを引き、レアリティがA以上のカードを手にすることが必須条件だった。

 ヤスタケは見事に一発でその条件を満たしたのだ。


 ……だが、その場にいる皆の顔は、なんとも微妙な、浮かばれないものだった。

 コホンと、受付嬢が問いかける。


「陸奥様。そのカードで、本当にダンジョンに挑戦しますか? ……はっきり申し上げますと【漆黒の魔女・アレンビー】は、ダンジョン攻略には適しておりません」


 ヤスタケの引いた召喚カードは……ことダンジョン攻略においては『残念SR』と揶揄される有名なカードだった。性能が尖りすぎていて、洞窟のように狭いダンジョン内では持ち味を活かしきれない。

 ヤスタケもそれは予習済みだった。なんなら、一通りのA・SRカードは性能を丸暗記している。


 その上で、彼の決断はこうだった。


「――ならばあと三回、ガチャを引きます!」

「ええっ!?」


 ヤスタケは懐から残りの札束を全部取り出した。


「構いませんね!」

「ももも、もちろんです!」


 受付嬢が黒服を走らせて、すぐに魔法石を用意させた。考える時間を与えると「やっぱりやめます」なんて言いかねないと思ってのことだ。だがそれは取り越し苦労で、ヤスタケの手は既にガチャへと向かっていた。

 そして一気に、三百万円が魔法石に変わり、ガチャに溶けていく! ガチャリガチャリとレバーが回る!


――

レアリティ:C

タイトル【微笑み猫】

攻撃力:5

防御力:3

操作性:E

▶常に微笑んでいるように見える猫。

「にゃ~ん」

――

レアリティ:C

タイトル【勤勉な男・テツオ】

攻撃力:2

防御力:8

操作性:B

▶とても勤勉な男。

「僕は勉強しかできないから……」

――


 一、二枚目は共に最底辺カード! 誰もが泣きの三枚目に、手に汗を握った!


 そして現れたのは……奇跡だった。




――

アイテムカード

タイトル【ポケットティッシュ】

――


「……え?」

「うそ、ガチャでこれ、初めて見た……駅前でよく配って……ブフッ!」


 堪えきれない受付嬢の含み笑いを皮切りに、警備兵までもがクスクスと笑いを漏らす始末となった。

 ヤスタケは、百万円のポケットティッシュを、ただ呆然と眺めた。


「む、陸奥様。いかが致しますか? 挑戦されますか?」

「ええ、もちろんですよ……はは。やってやりますよ!」


 受付嬢の言葉にはっと我に返るヤスタケは、後に引いた三枚のクズカードを胸ポケットに仕舞い、【漆黒の魔女・アレンビー】に熱い視線を向けて、静かに吠えた……!




◆ ◆ ◆ ◆ ◆





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