第2話 昼休みを後輩達と楽しむ男(30歳)
サラリーマンの昼休みの時間は決して長くはない。
落ち着いてご飯を食べる時間がない日なんてザラにある。
「ハハ、美貴ちゃん。今日も可愛いお弁当じゃん。手作り?」
「はい。まぁ、昨日の残りものを詰めただけなんですけどね」
とりあえず、今日の俺は余裕があることもあって、同じデスクの後輩二人とたわいもない会話をしながら昼食を食べているところ。
「へぇー、家庭的でいいじゃん。てか、美貴ちゃん。いつも思うけどそれだけで足りる?また痩せたんじゃない? ガリガリじゃんー」
「えー、そうですかねー」
そして、さっきからこの、お洒落なショートボブの髪型が似合う後輩で、愛嬌のある綺麗で大きな瞳をした癒し系美女
今田 美貴にずっと喋りかけている、このセンター分けパーマな髪型の男は、俺よりも確か二歳ほど歳が下の後輩、田村だ。
一応、今はフリーみたいだが、俺とは違って昔から何人もの女性と付き合ってきたらしい自称モテ男だ。
「佐野さんもそう思いますかー?」
「え、俺? まぁ、痩せたというか。もしかして、今田さんって軽く筋トレとかしてたりする? 何と言うか、以前にたまたまインスタに筋トレ風景があがってきたスタイルのいいモデルさんと同じ感じがするかも」
そして、目の前の彼女がふいに俺に話題をふってきたこともあって、俺は一応そう言葉を返す。と言うか、そもそもの話。女性に体型の話をするのはどうなのだろうか。
俺は昔、鬼の姉貴のご機嫌をとろうとした際に、女性に対して痩せているという言葉を投げかけることは必ずしも誉め言葉にはならないとブチ切れられたことがある。その時に女性に対して体型の話をすることがそもそものNGであることを学んだ。特にガリガリなんて言葉はもっての他な気が...
現に、笑顔であったとはいえ、心なしか目の前の彼女の表情に少し雲がかかった気がした俺は、これが正解かはわからないが精一杯のフォローを一応は入れた...つもり。
「え、わかりますか!嬉しい!そうなんです。最近、健康のことも考えてジムに通い始めたんです!」
そして、一応は不正解ではなかったのだろう。目の前の彼女は表面上はまた機嫌よく笑ってくれている様子。
「フフッ、でも佐野さんも何かやってますよね。いい感じに肩幅が広くなった気がします。その捲ったカッターシャツから見える腕もいい感じに逞しくなってカッコいいです」
「あー、いや俺はそこら辺の運動は何もしていないから気のせいかも。ハハ、見てのとおり職場以外ではただの引きこもりだし」
まぁ、実際は自宅でではあるが、メンタル維持のために軽くダンベル等で筋トレはしていたりもする。だが、これもまた昔に、鬼の姉貴から筋トレをすることは悪いことではないが、筋トレをしていることを大々的にアピールする男は糞だと脳に刷り込まれたこともあって、今回は軽く嘘をつかせてもらった。
「はぁ、先輩。引きこもってばっかはダメっすよ。たまには俺みたいに外に出ないと外に!」
「まぁ、そうだよなー。田村はやっぱり休日とかに色々やってんの?」
とりあえず、こいつが色々としていることを知っているからこそ、俺は田村にそう言って話をふってやる。こいつがこの会社のアイドルである彼女、今田さんのことを狙っていることも俺は知っているから。
彼女は27歳。そして田村は28歳。年齢的にもお似合いだと思う組み合わせ。ライバルが多い戦いではあろうが、ここでこいつには、さっきのマイナスを何とか取り返してもらいたいものだ。それに、せっかく同じ部署にいるのだから、こいつにはその強みを存分に活かしてもらいたい。一応、アシストを頼まれている身としては先輩として力になってあげたい。
「えー、俺っすかー。まぁ、季節的に最近はサーフィンとか。地元の友達とバーベキューとかですね。あと嫌々っすけど、この前に友達に誘われて行ったナイトプールはそれなりに楽しかったっすね!結構、女からも逆ナンとかされたりもして参っちゃいましたよー」
そしてさすがだ。よくわからないが、まるでお手本の様な、おそらく今時のモテる男の趣味。
一応、俺からのパスをしっかりとゴールに蹴り込んでくれた田村。ナイスゴールだ。綺麗に決まった。
「へぇー、すごいですね。ところで、佐野さんは趣味とかあったりするんですかー?」
で、何でそうなる? 普通はここから怒涛の田村のターンだろう。
しかも、俺が得意でない質問ランキング二位である、趣味に対する質問を何でそんな興味津々な目で...。
そう。まさかの田村がゴールにぶち込んだボールを、即座にセンターゾーンまで戻して、こちらの準備が整う前に試合を再び始めてしまうといった不意打ち速攻カウンターをかましてくる目の前の今田さん。
一応、俺も何とか体勢を立て直し、適当にではあるが、かろうじて飛んできたボールを外にカットするかの如く言葉を返す。
「まぁ、俺の場合は...サーフィンはサーフィンでも、ネットサーフィンとか。あと近場の
本当に参っちゃいますね。
そもそも、ラジオのネタ投稿などを今も続けていたとしてもそれは女性に言える趣味ではあらためてないし、今は本当にそんなしょうもないことしか俺はしていない。
現に目の前の彼女、今田さんはそんな俺の無様な日常に対しての失笑を隠すかのように、その小さな顔を床に向け、静かに肩を震わせている様子。
まぁ、失笑であっても女性に笑ってもらえるのであれば光栄です...。
「フフフッ、すみません。つい。でも、私もたまにスーパー銭湯には一人で行ったりしますよ。岩盤浴とか。あ、もしかしてですけど、佐野さんが行っている銭湯って最近あの一発屋芸人さんがCMをしているスーパー銭湯だったりしますか?」
「あぁ、そうそう。まさにそこ」
まぁ、昔は同期に誘われて仕事終わりに毎週のように皆で行ったりもしていたものだが、もうその皆が結婚して、子供なんかもできちゃったりしてからは、一人でたまにって感じかな。
「やっぱりですか!私もそこです!いいですよね。あそこ。一緒です!」
「へぇー、今田さんみたいなキラキラした女性と俺みたいなのに共通点があるなんて恐悦至極、まさに光栄の極み。あ、そう言えば今田さんって麻婆豆腐好きだったよね。個人的には美味しかったんだけど、あそこの麻婆豆腐定食とか食べたことある?」
確か、この前に麻婆豆腐が好きとかそんなことを言っていた気がする。
「え、私が好きな食べ物覚えていてくれてたんですか。嬉しい!でも、残念ながらまだなくて。今度行った時に絶対に食べます!いい情報をありがとうございます。せっかくだし、今週また行っちゃおっかな」
でも、何だろう。
「.....」
うん。さっきから彼女と話していてあらためて思うけど。
やはり、さすがとしか言いようがない。この恵まれた容姿で、この愛嬌の良さと共感力は。
田村も含め、これは色んな男からモテてしまうはずだ。
納得すぎる。
俺も、今はどこぞの金持ちの医者を捕まえて結婚した、外面だけは完璧の鬼の姉貴からの鉄拳教育を昔に受けていなければ、おそらく彼女に勘違いして無残に爆死してしまっていることだろう。
そう。昔に姉貴が言っていた。
男はそんなつもりのなかった相手から告白されても、何だかんだで嬉しく感じて喜んでしまう生き物。
ただし、女はそんなつもりのなかった男から告白されることほど迷惑でストレスのかかることはないと感じてしまう生き物だと。
こと告白に関しては確認作業であって、自分本位の好意を伝えるものではないことをわかっていないバカな男がこの世には多すぎると。
特に彼女、今田さんは誰に対しても優しさを施してくれる天使のような存在。
間違っても俺なんかが勘違いをしてはいけない存在だ。
でも、あらためて、今はまだ夜でもないのにまた思ってしまう。
「......」
彼女みたいに一緒にいて楽しい、時間があっという間に過ぎてしまうような友達で、
気軽に今後もずっと週末にご飯に誘えるようなそんな友達が新たに欲しい...なんてことを。
まぁ、今田さんをそんな友達にするのは絶対に無理だけどな。
ぜひとも彼女には今の関係のまま、同じ部署にいる間ぐらいは上辺だけでもいいので業務中の俺の癒しとなっていただければ幸いです。
とりあえず、しょうものないことを考えるのも終わり。いつの間にかこんな時間だし、午後も仕事頑張りますか。
ま、今日も何だかんだでサービス残業に...は無理だ。そうだ。今日は美容院の予約をしているんだった。危ない、危ない。
「お、美貴ちゃん。麻婆豆腐好きなんだ!それなら銭湯なんかのよりも本格派の麻婆が食べれる美味しい中華の店知っているんだけど、それこそ週末にでも連れて行ってあげよっか」
「あー、そうですね。田村さん。ぜひぜひまた皆で今度!」
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