第21話 力をひとつに!


 コメント欄が凄まじい速さで流れている。


 :え、今のマジ?

 :煙やばくね?

 :演出だとしてもクオリティ高すぎ

 :いや、これガチのやつ……


 棚に並んでいた標本や古びた薬瓶が、カタカタと震えだす。それらが、暗がりの中心へと、まるで磁石のように吸い寄せられていく。

 メキメキと骨が軋むような音。肉がこすれるような音。ガラスが砕ける音。

 すべてがない混ぜになり、どろどろとしたかたまりを形成していく。


「やっぱり……!」


 そこに現れたのは、特定の誰かじゃない。この学校で忘れられ、消されていった者たちの怨念が寄り集まったおぞましい『よどみ』だった。

 不定形の『澱み』は黒い触手を伸ばし、手当たり次第に机や椅子を掴むと、こちらへ向かって投げつけ始めた。


「あなや!?」


 わたしは咄嗟に床を転がり、飛んできた椅子を避ける。

 ガンッ。

 椅子の直撃を受けたカーボン人体模型くんの首が飛ぶ。


『り、リーダー! むりです! あんなお化け、聞いてません……!』


 インカムから、プチ人骨くんの情けない悲鳴が響いた。他の仲間たちも、完全に沈黙している。

 恐怖で動けなくなっているようだった。


 カメラを構えるハナコの、場違いに明るい声がインカムから聴こえてくる。


「わたっチ、最高の絵、撮れてんぞ……! ここで見せ場作んないと、リーダーの名が廃るっしょ!」


 ふふふ。言われなくても分かっている。

 わたしの妖力は、ここ数日でかなりの力を取り戻していた。この瞬間を待っていたんだ。


「みんな、見てて! これが、わたしの本当の力だよ!」


 叫び、さっき実験で作ったばかりの、緑色に輝くスライムを手に取った。

 これはただのスライムじゃない。この配信を見ている、たくさんの視聴者たちの「想い」が、今、わたしの力になっている……!


「いけっ!」


 視聴者からリアルタイムで注がれる「認知度=妖力」をスライムに込め、巨大化させて『澱み』に叩きつける。

 物理的なダメージはないはずだ。でも、みんなの「面白い」「がんばれ」っていう純粋な気持ちは、どんな怨念よりも強い!


「グオオオオオッ!?」


 スライムにまとわりつかれた『澱み』が、苦しげに動きを鈍らせた。

 いける!


「ハナコ!」

「言われなくても!」


 ハナコは即座にわたしの意図を汲み、コメント欄を扇動し始めた。


「みんなの応援がわたっチの力になるよ!『がんばれ』ってコメントして!」


 その言葉を合図に、コメント欄がすさまじい勢いの「がんばれ」弾幕で埋め尽くされていく。インカムからも、恐怖を乗り越えた仲間たちの声が届き始めた。


『いざ奏でよう! 魂を鼓舞する、我輩の『歓喜の歌』を!』


 ベートーヴェンの大音量の『運命』が、それまでのノイズを突き破って理科室に響き渡る。


『ワタクシの薔薇で、目を眩ませてさしあげますわ!』


 肖像画の貴婦人が、天井から無数の花びらを降らせて『澱み』の視界を奪う。


『ぼ、僕だって! えいっ!』


 プチ人骨くんが、棚の陰からアルコールランプを投げつけた。火事が起きる。


 みんなの想いが、わたしの右の拳に集まってくる。熱い。体の奥から、懐かしい力が漲ってくる。

 わたしは大きく息を吸い込み、床を強く踏みしめた。


「あなや! これがわたしの……全力全開、プニキュワ・デストロイ・鬼パンチ!!」


 鬼の右手が真っ赤に輝く!


 拳が『澱み』を貫き、核を捉えた瞬間。

 おぞましい怨念の集合体は、甲高い断末魔と共に、キラキラとした粒子となって霧散した。

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