第八話「宿」
「なんとか二日連続野宿は避けられたな」
「宿に戻ってこられて良かったです……」
ナオとシエルがやってきたのは、シエルがスターレットの村で宿泊していた宿だ。この宿もまたシエルはバラックたちに紹介されたところで、宿の主人に彼らの死亡を伝え、借りていた四人部屋を引き上げ、あらためてナオとの二人部屋を借りたのだった。
「同室でよかったのか?」
「だってナオ、お金持ってないじゃないですか」
いつ命を落とすとも知れぬ冒険者だ。宿を借りるにも前払いが原則で返金もされない。持ちきれない荷物も基本的にはギルドへ預けることになっている。ギルドへ死亡が報告されたため、彼らの私財は家族が特定できれば変換され、そうでない場合はギルドが活用することになっている。ナオがバラックたちの革袋から回収した僅かな金銭は当座の宿代として消えてしまった。
シエルはギルドで着替えや日用品を引き出しており、宿で軽く湯浴みを済ませ着替えている。だがナオが異世界から持ち込んだワイシャツをいたく気に入り、今も寝間着の上から羽織っている。
同じく湯上りのナオは、シエルから漂うそこはかとない色気に思わず同室で良かったのか聞いてしまったが、その返答はむべなるかな、ナオは頷くより他なかった。
「そういえばナオは何歳なの?」
「に、二十七……」
「そっか。私はまだ十五だから、こんな小娘にそんな気なんて起きないですよね。それこそ、ヘレンとか……そういう大人な女性の方がいいでしょう?」
「ヘレンって?」
「ギルドで受付してくれたお姉さん。顔も綺麗で体つきも大人だし、年だって二十は過ぎてるからよっぽどお似合いよ」
「……シエル、なんか拗ねてる?」
「……そんなこと、ないです」
そこはかとなく重い空気が立ち込める。だが、そんな雰囲気も長くは続かなかった。可愛らしいお腹の音が部屋に響く。
「ほら、飯にしよう」
ナオは立ち上がりながらシエルに手を出しだす。その手を取って、二人は食堂へと向かった。魔力灯というランプのような錬金具に照らされた食堂で、二人は夕食をとる。
「はい、焼きたてのパンとスープね!」
「うわ、おいしそ……!」
宿の食堂で、ナオはテーブルに出された食事に目を見張った。焼きたてのパンに、香草と根菜の入った黄金色のスープ。塩気と香りが胃を刺激する。
「いただきます」
ひと口食べて、思わず目を細める。
「うま……」
「そうなんです。スターレットの村はパンが美味しいんです」
シエルが嬉しそうに微笑みながら、スープをひと口すする。そんなシエルにつられてナオもスープを口にする。
「し、沁みるな……」
「もう、ナオったら」
思い起こせば転生前だってまともな食事をしてこなかったと回顧するナオ。カップ麺や栄養ドリンクばかり口にして、人が作ってくれた料理なんてスーパーの売れ残った総菜くらいしか久しく食べていなかった。
今後の目標として美味い飯を食うことを内心で掲げたナオは、出された食事をぺろりと平らげたのだった。
「明日の予定なんですけど」
部屋に戻るとシエルはすぐに話を切りだした。ポーチから四つ折りにした依頼書の控えを取り出すとそれをナオに見せる。
「森は懲り懲りなので、クルーア・ダンジョンに潜ろうと思います。ただし、私の七級やナオの八級では、地下三階にまでしか入れません」
「懲り懲りって、軽い言い草だな。あんなに泣いてたってのに」
「……ナオが気持ちが切り替えろって言ったじゃないですか」
スープにパンを浸しながら俯いてしまったシエルに、ナオは失言を詫び話題を変えた。
「クルーア・ダンジョンってのについて教えてくれ」
「……はい。スターレットの村から歩いて二時間とかからない場所にある踏破済みダンジョンです。ギルドが管理していて、全部で十層あるんですけど六級以下の冒険者は地下三階までと制限されているんです」
ダンジョンというまさしく異世界ファンタジー作品に定番な存在を耳にし、ナオは内心やる気が高まっていた。
依頼の内容はダンジョン浅層にいるファングボアという猪型魔物の討伐。ファングボアはあまり群れず単独で徘徊していることが多く討伐しやすい上に、ウルフより肉が美味ということもあって常に討伐依頼が受注できる。
成功報酬だけではキラービー討伐失敗のペナルティと相殺しきれないが、道中ないしダンジョン内で手に入れた素材の売却益も含めればなんとか完済できるとシエルは説明した。
「説明ありがとな。さてと、ごちそうさん」
食事を終えた二人は部屋に戻り身体を休めることに専念するのだった。
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