第四話「異世界での孤独な夜」

「しまった、寝落ちしてたか」


 太い木の枝に座り、幹に背を預けていた蔵之介が目を覚ました時、既に日は暮れていた。日が落ちると、森は急激に冷え込み蔵之介は身震いした。収納からワイシャツを取り出して羽織るが、防寒具にはなりそうになかった。


「こんなに冷えるならジャケットを残しておくべきだったか……」


 昼間は蒸し暑さを感じるほどだったのに、今は肌を刺すような冷たい風が木々の間を吹き抜けている。夜の帳が降りると同時に、周囲の景色は闇に沈み、わずかに月光が差し込むだけの世界へと変わった。

 ここは日本じゃない。ネオンも街灯もなく、誰かの話し声もない。ただ、夜の森が持つ底知れぬ静寂と、時折響く獣の遠吠えだけが、この異世界の現実を突きつけてくる。

 孤独という毒が蔵之介の精神を蝕んでいく。


「それでも、何もしなければ本当に死ぬだけだ。……よし」


 蔵之介は慎重に樹から下りると、やや開けた場所に陣取り乾いた小枝を組んで焚火の準備をする。スマホのライトで視界は確保できているが、火起こしの手段はない。


「試すだけ試してみるか……」


 蔵之介の持つスキルに魔法に関するものはない。だがもしかしたら――一縷の望みをかけて木の枝に向けて集中するが、火の粉一つ、水の一滴たりとも出現しない。


「やっぱりか……なら」


 収納から小石を二つ取り出した蔵之介はそれを手に持ちながら集中力を高める。素材の掛け合わせのみならず、性質を変えることもまた錬金術の為せる技。簡易的な火打ち石を作り出した蔵之介は、石同士を打ち合わせる。何度も、何度も……。


 ──カチッ、カチッ……パチッ。


「……きた!」


 火花が飛び、枯葉に小さな火が灯った。慌てず、息を吹きかける。ふっと、火が広がる。慎重に細い枝を足し、少しずつ炎を育てていく。やがて、小さな焚き火ができた。


「……ふぅ」


 蔵之介から安堵の息が漏れる。火の暖かさが、肌にじんわりと染み込むようだった。これで、寒さはしのげる。そして何より、火があるということによる精神的安心感がある。野生動物も、基本的には火を嫌う。魔物も同様とは限らないが、少なくとも何もない状態よりはずっとマシだと蔵之介は判断した。


「火打石、詳しい仕組みが分からないなりに、普通の石で錬成できたのは僥倖だった。……安心したら腹が減ったな」


 大型で分かりやすく食用可である果実は見つからなかったが、小さな木の実はいくつか集まった。何も食べないよりはいいと、一粒を口に運ぶ。


「……無味、か。だがまぁ、ナッツと言えなくもないか?」


 空腹が完全に満たされるわけではない。けれど、何も食べないよりははるかにいい。収納に入れていた木の実をすべて食べ終えると、ようやく少しだけ落ち着いた気がした。

 薪を追加し、炎の揺らめきをじっと見つめる。


「キャンプか……俺も一回くらいは行っておけばよかったな……。夜の森にたった一人、こんなに心細いのかよ……」


 火の爆ぜるバチバチという音を聞きながら、日本での日々を思い出す。まだ半日程度しかこちらで過ごしていないのにも関わらず、昨日のことが遠い記憶のように感じられた。社会の歯車として夢も希望もない日々だった。他人と必要以上に関わることに意味を見出していなかった。


「……でも、今は違うんだよな」


 蔵之介は空を見上げながら呟いた。異世界。見知らぬ森の中で、たった一人。だが、そんな状況は蔵之介にとってあらためて生を実感させた。それと同時に、森での孤独は蔵之介に他者と交流したいという思いを芽生えさせていた。

 この世界でもっと美味いものを食べ誰かと笑いあいたい、強力な魔物を自分の手で仕留めて仲間たちと騒いでみたい、もっと強い武器を作り出して人から認められたい、人の役に立つなにかを作り出したい、そんな想いがめぐる中、蔵之介の異世界初日はゆっくりと更けていった。

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