第7話 蘇る記憶・回る因果
夜半を過ぎて、時刻はすでに深夜だろうか。二人の少女以外、街は深く眠りについている。
玲は無言で肩をいからせながら夜の住宅街を歩いていた。その少し後ろを離れて、彼女がとぼとぼとうなだれてついてくる。
先ほどから三十分以上も二人の間には会話らしい会話はない。
「……」
「…………」
二人は歩き続けて、線路がある高架橋のガード下のトンネルを抜けていく。
玲の思考の中では、さまざまな思いが駆け巡っていた。その全てが、形を成さない過去の嫌な思い出ばかりだった。
何故、自分ばかりがこんなに苦しめられないとならないのだろう?
母親を失い、父親に捨てられて、学校でも全ての人から腫れ物のように扱われる。それは、本当に自分だけが悪いのか?
この彼女も、何故わたしが導かねばならぬのだろうか?
たまたま、河原で頭蓋骨を拾ったばかりに……。
そんなことを考えながら思考がぐるぐると巡って、何かに気がついたように、ふと玲は立ち止まった。
その思いつきに慄然として、玲は立ち尽くす。
『何故、彼女はそもそも河原に頭蓋骨の姿で埋められていた!?』
『何故、彼女の家族が十年以上も警察を使って探していたのに見つからなかった!?』
玲にとっては霊の存在が日常すぎて、普通すぎる彼女の様子で見過ごしていた。我に返った玲は慌てて振り返る。
そこに彼女の姿はなかった。
その時だった、一陣の陰風が吹く。玲は一瞬にして肌が粟立った。近くの林で寝ていたはずの烏たちが一斉に飛び立つ。玲の意識の中に鮮烈なイメージが飛び込んできた。
男、誘拐、恐怖、監禁、殺意、哀願、悲鳴、血、死体。
断片的な映像がコラージュの様に一つの記憶を描き出す。玲はその吐き気を覚える情報に耐えられなくなり、冷たいアスファルトにしゃがみ込んだ。頭の中に直接、送り込まれてくるイメージは、間違いなく彼女のものだ。
まだ玲の意識には彼女の記憶の続きが流れ込んでくる、それはとあるアパートの一室での光景だった。
カビ臭い布団。
固く閉じられた扉。
首を絞めながらニヤニヤと笑う男の顔。
ぐったりと力なくへたり込む体。
何度となく逃走しようとしてもうまくいかない。
振り上げられた包丁の刃。
そして、死。
玲は、気がついた時には地面にへたり込んで、小さく小刻みに震えていた。
自分の肩を抱いて、今見たイメージの意味を反芻する。
急速に戻ってきた思考力で必死に考える。彼女の気配の残滓はまだ残っている。そこまで遠くへは行ってないはずだ。
玲は急いで立ち上がり。暗い夜道の中を走り出した。
***
街灯のみがぽつりぽつりと灯る暗い路地を、玲は全力で走っていた。
玲の視野の中には、彼女の残してる残滓が見えていた。
暗闇の中、深夜の冷たい風が彼女の髪を踊らせる。息が弾む。先ほどからずっと走り続けていたので息が切れてしまいそうに見えた。
スピードを落として、立ち止まる。膝に手をついて息を整える。
荒い息を整えて、再び顔を上げてあたりを見渡す。線路下のガードの方に彼女の気配を見つけたようだ。
玲は急いでそこまで駆けていくと、強烈な邪気を感じて立ち止まった。
小さく舌打ちする。
あまりにも濃度が強すぎる邪気で、現世と常世の境目が曖昧になっている。おそらく彼女の仕業だろう。
玲はガード下の路地の前で立ち止まった。オレンジ色の街灯が灯るガード下には誰もいない。
しかし、そこには確かに彼女の残滓が残っている。
「……常世に繋がってしまっていますね」
玲は冷静に、そのガード下の路地を歩き始めた。
何かに気がついて玲は、しゃがみ込んで足元を見た。大量の血痕がアスファルトの地面にこびりついている。
玲は眉根を寄せた。
「現世の人間が巻き込まれてる! どこまで事態を拗らせれば気が済むんですか!! あの人は!!!」
そう怒りの言葉を吐き出したのち、焦燥したように顎に手をやった。
「……もうこうなったらおばあちゃんに任せたほうが……」
ひとしきり逡巡したのち、玲は決心したように呟いた。
「……放っておけるわけ無いじゃないですか……っ! あれだけ私を引っ掻き回しておいて、一人で悪霊に堕ちていくつもりですか!」
玲は背負っていたリュックを下ろすと、その中から何かを取り出す。それは巫女が使う神楽鈴だった。
神楽鈴をかざすと、深く息を吸い込んだ。玲の口から静かに声が響く。
「天清浄、地清浄、内外清浄……」
鈴を軽く振ると、涼やかな音色がガード下に響く。
チリン。
ガード下の街灯がバチンと音を立てて消える。景色が真っ暗になる。
そしてまた玲は鈴を振る。
チリン。
街灯が再び灯り、オレンジ色の光が視界の全てを照らし出す。
彼女は全身がボロボロになってる男に馬乗りになりその首に手を掛けていた。その男の表情は恐怖に歪んでほとんど狂いそうになっている。
男の顔は、先ほど流れ込んできた彼女の記憶で見たような気がする。
彼女はかすかな絶望が混じった表情で玲を見上げた。
「…………玲ちゃん…………」
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