第2話:初陣!資金源を絶て!悪の営業活動を阻止せよ

 影風の能力が一度きりだと知った七瀬くるみは、自作コスプレによる能力具現化の可能性に胸を躍らせると同時に、常に新たな衣装の製作費を捻出するという、現実的な問題に直面していた。くるみの脳裏には、影風の衣装製作にかかった費用が鮮明に焼き付いている。あの莫大な費用を、毎度毎度捻出しなければならないという事実に、彼女は頭を抱えていた。そんな、学校の帰り道、彼女の目に飛び込んできたのは、電柱に貼られた「注意!悪の組織『ちょいわるだー』による詐欺まがいの営業にご注意ください」という貼り紙だった。テレビニュースでも、彼らが街の企業から法外な契約金を要求し、断れば嫌がらせをするという報道が頻繁に流れている。くるみの心には、前日の喫茶店での光景が蘇り、怒りが再びふつふつと湧き上がってきた。


「悪者から資金を奪うのは、立派なヒーローの仕事だ!それに、これは私の生活費にもなるんだから、正義ってことでしょ!」


 くるみは、自身の行動を正当化する理論を瞬時に構築した。貧乏なくるみにとって、生活費は死活問題だ。インスタント麺ばかりの食生活から脱却し、もっと栄養のあるものを食べたい。新しい生活用品だって買いたい。ヒーロー活動がお金になるなら、これほど良いことはない。その考えは、くるみの心に迷いをなくし、行動へと駆り立てる原動力となった。翌日、彼女は早速、次のコスプレ製作に取り掛かった。次に彼女が選んだのは、大人気アニメ『武装魔法少女マミカ』の主人公、「マミカ」のコスプレだった。マミカは、きらびやかな魔法少女の衣装を身にまとい、光の魔法で悪を浄化するキャラクターだ。影風のクールな漆黒とは対照的な、パステルカラーのフリルやリボン、そして先端に星の飾りがついた魔法のステッキ。くるみは、普段の自身の内気で目立たない性格とは正反対の、可憐で堂々とした魔法少女を完璧に再現することを目指した。


 3Dプリンターは休むことなく稼働し、くるみは慣れない裁縫にも挑んだ。フリルを縫い付ける指先は不器用で、何度も針を刺してしまう。白い生地には血が滲み、くるみは「イタタ……」と呻きながらも、完成への期待が彼女を駆り立てた。彼女の心には、マミカのように華麗に悪を打ち砕く自分の姿が鮮明に描かれていた。時には、細かすぎる装飾に心が折れそうになることもあったが、そのたびに「これも正義のため!私の生活のため!」と自分を奮い立たせた。数日後、マミカのコスプレ衣装は眩しい輝きを放ちながら、くるみの部屋に完成した。ステッキはまるで本物の魔法具のように精巧に作られており、くるみは魔法少女になりきって鏡の前でポーズを取った。くるみの目には、決意の光が宿っていた。


「よし!いよいよ、初陣だ!」


 くるみはマミカの衣装を身につけ、ちょいわるだーが営業活動を行っていると目される、とある中小企業のビルへと向かった。ビル周辺には、いかにも強面なスーツ姿の男たちがたむろしている。彼らは周囲を警戒しているようだが、くるみは影風の経験から得た隠密行動の感覚で、彼らの視界を掻い潜り、ビルの内部へと侵入した。エレベーターを使い、最上階の社長室へと向かう。社長室らしき部屋からは、怒鳴り声と懇願する声が聞こえてくる。くるみはドアの陰に身を潜め、中の様子をうかがった。


「社長、我々が提供する『トラブル解決サービス』をご利用にならないと、思わぬ事故が起きるかもしれませんよ?最近、貴社の周りで不審火が多いようですが、これも万が一の事故ですよ。それに、我々は貴社のあらゆる秘密を握っています。それが公になったらどうなるか、ご存知ですよね?」


 ちょいわるだーの営業担当者が、いかにも脅し文句を並べ立てて企業から金を要求しているのだ。社長の顔は恐怖に引きつり、額には脂汗が滲んでいた。「こ、これ以上は……私にはもう支払えるものがありません……」社長の絶望的な声が、くるみの耳に届いた。くるみの胸に、再び強い怒りがこみ上げてきた。今だ。助けるのは、今しかない。


 くるみは物陰から飛び出し、胸元でステッキを構えた。その姿は、まさにアニメから飛び出してきたかのような、きらびやかな魔法少女だった。「ちょいわるだー!悪の営業活動は、この私が阻止するわ!武装魔法少女マミカが、あなたたちを懲らしめてあげる!」


 突然の魔法少女の出現に、営業担当者たちは呆気にとられる。彼らの表情は、一瞬にして驚愕に変わり、次の瞬間には嘲笑へと変わった。「なんだ、ガキのお遊びか?とっとと失せな!」彼らが嘲りながら近づいてくる。くるみはステッキを振ると、きらびやかな光が部屋中に放たれ、営業担当者たちの目を眩ませた。これがマミカの能力である「光のバインド」だ。光に包まれた営業担当者たちは、身体を硬直させ、身動きが取れなくなった。彼らは、まるでマネキン人形のようにその場に立ち尽くしている。社長は、目の前の信じられない光景に、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「今よ!」


 くるみは、社長のデスクに置かれた「契約書」と称する書類と、その横に積まれた札束を回収した。札束を手に取ると、ずっしりとした重みがくるみの手のひらに伝わる。これは、かなりの金額になるだろう。営業担当者たちは、光の中で呻き声を上げているが、何もできない。くるみは素早く部屋を後にした。ビルを出て、人気のない路地裏へと逃げ込んだ。くるみの心臓は、高揚感で大きく脈打っていた。成功だ。


 しかし、戦闘後、くるみは自身の能力に驚きを隠せなかった。回収した資金を手に、路地裏のショーウィンドウに映る自分の姿を見た時、くるみは思わず声を上げた。鏡に映る自分は、まさにマミカそのものだったのだ。普段のくるみの顔とは似ても似つかない、アニメそのままの顔立ち。フリルやリボンに囲まれたパステルカラーの衣装は、彼女の体を包み込み、まるで本物の魔法少女になったかのような錯覚を覚える。くるみは、自分の顔を触り、衣装の感触を確かめた。これは、ただのコスプレではない。衣装に宿る能力は、彼女の容姿すらも変えてしまうのだ。


「え、顔まで変わってる!?」


 くるみは、驚きと混乱でその場に立ち尽くした。これは予想外だった。影風の時は、身体能力だけだったのに。マミカの衣装は、彼女の顔まで変えるほどの力を持っているのか。ということは、今後、コスプレをするたびに顔が変わるということ?くるみの頭の中は、疑問符でいっぱいになった。しかし、その疑問はすぐに、ある確信へと変わった。変身した姿は、そのコスプレのキャラクターそのものになる。これは、最高の「なりきり」体験ではないか。


「ひょっとして、これって……完璧なコスプレってこと!?」


 くるみは、興奮を抑えきれずに小さくガッツポーズをした。これは、コスプレイヤーにとって夢のような能力だ。どんなキャラクターにもなりきれる。そして、そのキャラクターの能力まで使える。しかし、その喜びも束の間、くるみは再び現実的な問題に直面する。このマミカの衣装も、影風の衣装と同じく、一度きりの使い捨てなのだろうか。もしそうなら、また新しい衣装を作るための資金が必要になる。


 くるみは、回収した札束を数え始めた。数えるたびに、彼女の顔に安堵の表情が浮かぶ。これだけあれば、しばらくは材料費に困らないだろう。しかし、この能力を使い続ける限り、常に資金調達の必要性が生じる。くるみは、自分のコスプレ活動が、悪の組織から資金を奪うという「義賊」のようなものになっていることに気づいた。これは、貧乏な自分にとって、まさに一石二鳥だ。悪を懲らしめ、その上、生活費まで稼げる。


「よし、決めた!私は、この能力を使って、街の平和を守りつつ、コスプレを極めるんだ!」


 くるみの心に、新たな決意が芽生えた。彼女のコスプレ活動は、単なる趣味の域を超え、街の平和を守るための「正義の活動」となったのだ。そして、その活動は、彼女自身の生活を豊かにするための「資金調達活動」でもあった。くるみは、回収した資金を大切に抱え、家路を急いだ。彼女の心は、次のコスプレの構想でいっぱいだった。どんなキャラクターになりきり、どんな能力を手に入れ、どんな敵と戦うことになるのか。くるみの、命がけのコスプレ生活は、まだ始まったばかりだ。

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