変身少女、覚醒!コスプレは命がけ!?
五平
第1話:変身少女、覚醒!コスプレは命がけ!?
放課後の薄暗い自室で、七瀬くるみは汗だくになっていた。
彼女の目の前には、中古で手に入れた3Dプリンターが轟音を上げて稼働し、独特のプラスチックが焼ける匂いが部屋に充満している。手元には、どうにかかき集めた格安の造形材料の山。画面に表示されているのは、彼女が大好きなアニメ『隠密機動忍者シュリケン』の主人公、「影風」の精巧な設計図だ。くるみは、このアニメの世界観、特に影風の持つクールな魅力と、影に潜んで悪を討つというコンセプトに心底惹かれていた。影風は、普段はごく普通の高校生として生活しながらも、夜になるとその正体を隠し、悪しき者を断罪する孤高の存在。その二面性に、くるみは強く憧れを抱いていた。ただのヒーローではなく、普通と非日常を行き来する姿が、くるみの心を深く捉えていたのだ。
「もうちょい……あと少しで完成だ!」
くるみは目を輝かせながら、プリンターの進捗を見守った。一人暮らしだ。そのため、くるみは常に節約生活を強いられていた。夕食はインスタント麺か、冷蔵庫の残り物で済ませることがほとんどだ。新しいフィギュアや限定グッズなど、高価なものは夢のまた夢。級友たちが流行のアイテムを身につけ、楽しそうに話しているのを見ると、正直、羨ましい気持ちになることもあった。彼女の心には、友人たちと同じように楽しみたいという純粋な願望があったが、それは経済的な壁に阻まれていた。しかし、くるみは決して悲観しなかった。そんな状況だからこそ、彼女の創造性は研ぎ澄まされていったのだ。
「ないなら自分で作ればいい!」
それが彼女のモットーだった。これまでも、様々な自作グッズでその飢えを満たしてきた。手作りのキーホルダー、自分で彩色したガンプラ、そして今、その情熱は究極の表現方法であるコスプレへと向かっている。特に影風のコスプレは、くるみにとって単なる自己満足の域を超え、自分自身の理想を形にする、まさに魂を込めた作業だった。設計図を何度も見直し、素材の選定にも妥協を許さない。細部の装飾一つにも、影風への深い敬意と、自分が彼になりきりたいという強い願望が込められていた。睡眠時間を削り、時には食事も忘れ、ただひたすらに造形に没頭した。その間、くるみの頭の中は、完成した衣装を着て影風として活躍する自分の姿でいっぱいだった。
何日も、時には徹夜で作業を続け、ついに影風のコスプレ衣装が完成した。光沢のある黒い生地は夜の闇に溶け込み、見る角度によって微妙に色合いが変わる。それはまさに、影に潜む忍者を彷彿とさせた。風を切るようなシャープなデザインの腕当てや脛当ては、機能美を追求しつつも、流れるようなラインで構成されていた。そして、顔の半分を覆う覆面は、影風のミステリアスな雰囲気を完璧に再現している。細部にわたるまで、くるみの並々ならぬこだわりと、アニメへの深い愛情が詰まっていた。彼女は、この衣装を着て、どれだけ影風になりきれるだろうかと想像するだけで胸が高鳴った。心臓の鼓動が、トクトクと耳の奥で響く。指先が微かに震え、高揚感が全身を駆け巡った。
くるみは興奮しながら、その衣装を身につけた。全身がぴたりとフィットする。まるで第二の皮膚のように、彼女の体に吸い付く感覚だ。普段着とは全く違う、身体が軽くなるような不思議な感覚がする。そして、その瞬間だった。身体が、まるで風になったかのように軽くなる。普段のくるみからは想像もできないほどの俊敏性が、突然、彼女の肉体に宿ったのだ。指先が研ぎ澄まされ、部屋の隅にある小さな埃すらも視界に捉えられるような感覚。呼吸をするたびに、周囲の空気の流れや、隣の部屋で聞こえるかすかな物音まで、肌で感じ取れるようになった。まるで、世界がスローモーションになったかのように、全てが鮮明に見える。くるみの心臓は、驚きと興奮でさらに高鳴った。これは一体、どういうことだろう?自分の作った衣装に、こんな力が宿るなんて。
「え、うそ……?」
くるみは、思わず壁伝いに跳ね上がった。普段の自分では決して届かない天井に、いとも簡単に手が届く。彼女はまるで蜘蛛のように壁に張り付いたまま、驚きに目を見開いた。これは、ただのコスプレではない。影風の持つ能力が具現化しているのだ。信じられない現象に、くるみは何度も跳びはね、壁を駆け上がった。床を蹴れば、空気抵抗を感じさせないほどのスピードで部屋を横断する。まるでアニメのワンシーンそのままに、くるみは部屋の中を縦横無尽に駆け巡った。その間、くるみの顔には、純粋な喜びと、子どものような好奇心が満ち溢れていた。彼女は、この異様な感覚に喜びを覚えるとともに、一抹の不安を感じていた。これは一体、何なのだろう、と。夢なのか、それとも現実なのか、区別がつかないほどの非日常だ。
興奮のあまり、くるみは数十分間、部屋の中で影風として動き回った。俊敏な動きで部屋中の家具を飛び越え、壁や天井を移動し、まるで重力が存在しないかのように軽やかに舞った。普段の運動不足が嘘のように、全く疲れを感じさせない。しかし、やがて能力が薄れていくような感覚を覚えたため、一度衣装を脱ぐことにした。汗をかいた肌に、部屋の空気が心地よい。タオルで汗を拭き、少し休憩した後、再び影風のコスプレを身につけようとした。だが、何度試しても、あの軽さや身体能力の向上は戻ってこない。ただの衣装として、彼女の体にしっくりと馴染むだけだ。くるみの心に、冷たい水が浴びせられたような感覚が広がる。喜びの後に続くのは、深い絶望感だった。
「まさか、一度使ったら終わりなの!?」
くるみは愕然とした。これだけの労力と費用をかけて作り上げた衣装が、たった一度きりの使い捨てだというのか?新しい能力の発見は喜ばしいことだったが、同時にそれは莫大な費用と、常に新しい衣装を作り続けるという、途方もない手間を意味していた。彼女の頭の中には、これからかかってくるであろう造形材料費、電気代、そして何よりも3Dプリンターの消耗品の費用が瞬く間に広がっていく。目の前が真っ暗になるような感覚だ。この能力を使い続けるには、かなりの資金が必要になるだろう。くるみの眉間に深いしわが刻まれ、その表情には焦りが滲んでいた。
翌日のことだ。くるみが学校帰りの商店街を歩いていると、騒がしい声が聞こえてきた。普段は活気に満ちた商店街も、夕暮れ時になると人影がまばらになる。くるみは、好奇心に誘われるように路地裏を覗いた。スーツ姿の男たちが、小さな喫茶店の店主を囲んで高圧的な態度で話しているのが見えた。男たちの顔は、いかにも悪役といった表情で、口元には不気味な笑みを浮かべている。店主は顔色を悪くし、困り果てた様子で頭を下げている。その怯えた瞳は、助けを求めるように揺れていた。
「店長、我々の『特別サービス』を断ると、後で後悔することになりますよ?最近、この辺りでは不審火が多いと聞きますが、まさか、この喫茶店にまで被害が及ばないとは限りませんよ?」
男たちの背中には、「ちょいわるだー」と書かれた怪しげなロゴマークが刻まれている。くるみは、この組織が最近、街の企業や商店から金銭を巻き上げているという噂を耳にしていた。まさか、自分の目の前でそんなことが起きているとは。店主の顔は恐怖に引きつり、額には脂汗が滲んでいた。「こ、これ以上は……」男たちは、店主の怯えを面白がるかのように、さらに詰め寄る。くるみの胸に、ふつふつと怒りが湧き上がってきた。これは許せない。弱い者いじめだ。
「なんて奴らだ……!こんなことを許していいわけがない!」
同時に、彼女の頭の中には、あの影風の衣装が閃いた。もし、あの能力がまた手に入るなら……。そして、あの男たちが巻き上げているお金。くるみの思考が、まるでパズルのピースがはまるように、一瞬で組み上がった。悪を討ち、そのお金を次の衣装代に充てる。これこそが、貧乏な自分にとっての「正義」なのではないか?
「悪者からお金を拝借するのは、正義の行いってことでいいよね?」
くるみはそう心の中でつぶやいた。これは、彼女の能力を活かすための第一歩だ。そして何より、次のコスプレ衣装の材料費になる。「もちろん、正義よ!絶対、正義!」彼女の心は決まった。くるみは、路地裏を飛び出し、足早に家へと向かった。彼女の胸には、新たな使命感と、わずかながら生活の足しになるかもしれないという希望が宿っていた。次のコスプレ衣装の構想が、すでに彼女の頭の中で膨らみ始めていた。どんな能力を手に入れ、どんな敵と戦うことになるのか。彼女の、命がけのコスプレ生活が、今、始まったばかりだ。
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