第23話ー聖女の企て



「殿下、エリアル様もようこそ。晩餐の準備が出来ましたよ」




ルリ・ミズサワはニコッと笑った。






漆黒の髪をサラリと流し、濃い紫のドレスに身を包んでいる。



なんとドレスの丈が膝までしかない。初めて見たドレスの形状もそうだが、ルリ・ミズサワ嬢に異様に似合っていて、異質の美しさを放っていた。






(とても聖女に見えないわ)




その姿はジュナが想像する聖女とも、夢に出てきた聖女とも雰囲気がかけ離れていた。




聖女はにこにことジュナに近づいて来る。






ジュナが身構えると、エリアルがサッと前に立った。




聖女はその様子を見て、顔を歪ませた。






「エリアル様。わたしはジュナ嬢に危害を加えるつもりはありません。どちらかと言うと、彼女が私に危害を加えるものなのですよ?」






「········意味が分かりません」




エリアルは言葉を選んでいたようだが、けっこうそのまま言っている。






「まぁいいわ。ジュナ嬢。貴方は彼に付いて行ってね。他の方は、晩餐しながら待っていましょう」






聖女が言うと、部屋に男性が2人入ってきた。

1人は金髪で、線の細い美しい男の子だ。






「アンバー」




エドウィンは信じられないというように声を出した。




「おまえどうして···何をしてるのか分かっているのか?」






アンバー第二王子は、チラリとエドウィンを見たものの、すぐに顔をそらしこちらへ歩いて来る。目は虚ろだが、兵士達よりしっかりしている。






「アンバー殿下、お止まりください。貴方は今惑わされております」




エリアルがなんとか自分に意識を向けようと語りかける。しかしアンバーに声は届いていないようだ。まっすぐに聖女の前まで来た。






「エリアル様?無駄です。それにジュナ嬢には貴方が魔法で守護しているのでしょ。いいじゃない少しくらい」






(聖女がエリアルの護りの陣まで知っているなんて)




心臓が跳ね、ジュナは無意識に拳を握った。


頭のどこかが、危険信号を鳴らしている。けれど逃げるわけにはいかない。






「エリアル。大丈夫よ。彼女の言うとおりにしてみよう」




「だが···」




ジュナはエリアルが苦しそうな顔をしていることに気付いた。人数分の風の防護壁や、聞き耳で魔力を消費し過ぎたのだろうか?






「エリアル?大丈夫?しんどそうよ」






 エリアルはジュナに鋭い視線を向けた。




「当たり前だ。僕の目の前で、君が連れて行かれるなんてこと、あってはならない」




その言葉に、ジュナは不意に顔が綻びそうになった。場違いなほどの嬉しさが、胸を突く。




(さすがに今は、笑っていられない)




慌てて表情を引き締め、言葉を返した。




「落ち着いてエリアル。私に危害を加えたところで、聖女に利はないわ。それより、時間をかせいだら陛下が違和感に気づくかもしれない」






ルリ・ミズサワが足でタンタンッと注意を促した。




「そんなにゴソゴソしても無駄よ。あなたたちに選択肢なんて、最初からないの」




ルリ・ミズサワの声は甘く、けれど背筋に冷たいものが走るような響きを持っていた。






「せっかくリヴァイにも来てもらったのに」



ルリ・ミズサワはそう言うと、チラリと後ろに視線を流した。




聖女の視線の先に居た人物。彼もまた見目麗しい姿だった。男性だが、長い銀髪を腰までおろし、教会の服を着ている。誰だろう?






エリアルは低い声で呟いた。




「リヴァイア教皇か···彼も聖女の魅了にかかっているのか」




リヴァイア教皇はこちらを見て微笑んでいる。遠目なので分かりにくいが、虚ろな目ではなかった。






教会のトップ権力を持つ人が聖女側にいるとなると、ますます下手に動けない。






「アンバー、ジュナ・クライスを連れて行って。さっき言った通りにしてちょうだい」




アンバーがジュナに手を伸ばすと、その手をエリアルが止めた。葛藤しているようだ。






ルリ・ミズサワはイライラと言った。




「エリアル?あなたこの状況を分かってる?」



もはや聖女はエリアルを呼び捨てにしている。それについてもこちら側は何も言えない。






ジュナはエリアルの手にそっと手を重ねた。目で、大丈夫。と伝えた。




エリアルはジュナの顔を見ずに、歯を食いしばって手を離す。




そして諦めたように目を閉じた。途端にジュナに纏う風が強くなった。






「アンバー殿下。ジュナ嬢に触れないでください。彼女は後ろを付いて行きますので」




アンバーを見るエリアルの目は、王族に向けるものではなくなっている。 




アンバーは頷き、ジュナはアンバーに付いて部屋から出た。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る