第20話

 

 王城内にある別邸には、馬車で5日ほどかけて移動する。前世の静岡〜東京の距離を考えればまぁこのくらいだろう。離れてるなぁ。

 馬車には初めて乗ったが魔法道具が使われているようで、想像していたより揺れない。空調も魔法道具があるし、これで座面がフカフカなら文句のつけどころは無かったんだけどな〜なんて言いながら3日目を過ごしている。


「ここには大きな川が通っていますよ。河辺の小屋?でしょうか?」

「あれは水車です。この辺りは多く設置されていて、穀類の栽培が盛んなのだそうです」


 私が指をさして質問をすると、カシモラルが答えてくれる。私とムルムルは2人揃ってうんうんとうなずく。


「実際に目にするのと、地理のお勉強を机の上でしているのは違いますね」


 前世、学校の授業はひたすら暗記で理解をあまりしていなかったが、バレエ公演のツアーで遠征先に行ってようやく理解するなんて事が多々あった。理解できると面白い。大人になってからの方が勉強は楽しいと時々聞いたが、きっとこういう事なんだろう。

 それはさて置き、この国の主食はパンみたいな食べ物なので目の前に広がっているのはきっと小麦に似た植物だ。乾燥した地域のようだし、米は作ってなさそう。残念。


「お米の方が腹持ちいいんだよな〜」

「オコメとは何でしょう?」


 小声のつもりだったがムルムルにバッチリ拾われた。


「えーと、粉状に挽いたりせず、実をそのまま茹でて食べると美味しい種類の穀物です」


 「炊く」のこの国の言葉がわからなかったためタイ米の調理法になったけど間違いではないからセーフ。カシモラルとムルムルは顔を見合わせている。たぶん「そんな食べ物あったっけ?」って思っているんだ。


「囲壁です、今日はここに泊まるのですよね?」


 これ以上お米を聞かれたら答えられないので大急ぎで話題を変える。まだもう少し先だが、都市部を囲む大きな壁なので遠くからでもよく見える。


「さようでございますハーゲンティ様。バティン様のご実家、シンヒカー侯爵邸でございます」






 庭が広すぎてタクシーを使う大豪邸って本当にあるんだな、馬車だけど。囲壁は三重になっており、3つ目の門をくぐった時には日が傾き始め、やっと邸宅の入り口に着いた今はもう日が地平線に沈みかけていた。

 シンヒカーは25ある侯爵家の中で最も土地が広いと教えられていたが、想像以上の広さである。領主であるウハイタリの城に引けを取らない。


「ようこそウハイタリ公爵、お待ちしておりました」


 見覚えがあるような、ないような。ザブナッケと同じくらいの歳に見える水色の髪の男性が出迎えてくれた。


「ハーゲンティ様、あの方が現シンヒカー侯爵でいらっしゃいます」


 ということはバティンのお兄さんだ!顔立ちはあまり似ていないけれど、髪の色は近い。じゃあ侯爵の後ろに控えている初老くらいの夫婦は先代かな?はーん、バティンはお父さん似で侯爵はお母さん似だ。

 侯爵はザブナッケ、バティンと言葉を交わして私に視線を向ける。


「帰敬式以来ですね、ハーゲンティ様。お元気そうで何よりです」

「ご無沙汰しております、シンヒカー侯爵。今夜はお世話になります」


 忘れていてごめんなさい、でもやっぱ思い出せない。


 私たちはそのまま応接室に通され、夕食までこの部屋で待機のようだ。私のすぐ後ろにはムルムルとチャクスが残っており、ケレブスは部屋の外の警備、カシモラルは今日借りるお部屋を整えに行った。

 お部屋の暖炉がパチパチと爆ぜる。もう夏の終わりとはいえ、カシモラルたちが用意してくれている荷物の中に分厚い外套を見つけた時は「早くない?」と思ったが、王城がある国の中央へ近づくにつれて日に日に気温が下がっていった。シンヒカー侯爵邸付近でこれだけ気候が違うのなら、王城はもっと寒いのだろうと予想ができる。カシモラルありがとう。


「……」


 3人の仲、というより私とザブナッケの仲がよろしくないため無言で過ごす。

 気まずい、非常に気まずい。


コンコン


 扉からノック音がする。


「失礼いたします」


 出迎えてくれた人たちの中に見た顔だ。きっとシンヒカー侯爵の側仕えだろう男性が夕食会場へ案内をしてくれると言っている。やった。

 道中、伯爵家と子爵家に泊まったがその時もこんな空気で、応接室にいる時間が1番苦痛かもしれない。


「ハーゲンティ様、お初にお目にかかります。シンヒカー侯爵の妻、ヴィネーと申します。以後お見知り置きください」

「シンヒカー侯爵家はお母様のご実家と伺っております。仲良くしてください」


 右手をそっと差し出す。ヴィネーはその手をそっと取ってくれた。よしよし順調。この後はシンヒカーの長男10歳と次男8歳の挨拶だ。前世は従兄弟がいなかったので、血と歳の近い兄弟ではない親族にちょっと不思議な感覚を覚える。


「お初にお目にかかります。シンヒカー侯爵の子、オセーと申します。学校は1年だけかぶります。どうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 オセーとも難なく挨拶ができた。笑顔ではないけれど雰囲気としては柔らかさを感じるので、バティン似の控えめな性格なのかもしれない。

 最後に次男くんはというと、めちゃくちゃ嫌そうな顔をしている。それはもう、眉間どころか顔中に皺を寄せている。その顔疲れないかい?


「……アミーだ」

「ハーゲンティです。今夜はお世話になります」


 ぶっきらぼうではあるが、挨拶ができたことにしていいんじゃないだろうか。

 侯爵も同じように思ったのだろう、夕食の席に着くよう促してくれた。


「ハーゲンティ様はこちらの席でございます。どうぞ」


 そう言ってシンヒカー家の側仕えが椅子を引いてくれた。給仕にはムルムルがついてくれている。

 観光をしているわけではないがどの家も特産品を使ってくれるので、初めての食材や料理が並んで楽しい。今日はどんなご飯かな?私はワクワクしながら座る。

 席順は上座にザブナッケ、私とバティンが向かい合うようにザブナッケのそばに座る。兄妹なのでバティンの横に侯爵とその家族が並び、私の横に先代侯爵である祖父母が並んで座った。


「ハーゲンティ様はソースの量が少なめをお好みなのですか?」


 私のステーキっぽい料理が乗った皿を見ながら祖父グラーシャが話しかけてくる。爵位が下なので仕方がないとわかっているが、おじいちゃんから様付けで呼ばれて敬語で話されるのは違和感がある。


「はい、素材の味を楽しみたいのです」


 嘘です。ある程度は脂質も必要だけど沢山摂取したくないだけです。肉の赤みはもっと沢山摂取したいです。デザートなしにして肉を倍くださいって言いたい。


「サラダのドレッシングも少なめでしたが、綺麗に食べ切っていらっしゃいましたね。オセーもアミーも、野菜が見えなくなるまでドレッシングをかけないと食べれません。見習ってほしいものです」


 祖母ラボラスも会話に混ざる。おばあちゃん、褒めてくれるのは嬉しいけど比較はしなくていいんじゃないか?オセーは無表情のまま無言で食べ続けているが、アミーは頬が赤くなっている。


「ドレッシングといえば、甘酸っぱくて美味しかったです。城で食べたことのない味でした」

「この近辺でしか取れない果物を使っているのです。収穫量がとても少ないので流通はしておりません。わたくしどもにとっても今日のような特別な日の楽しみでございます」


 グラーシャがニコニコ答えてくれる。


「今日のデザートにも使っているのです。そろそろ準備をさせましょう」


 侯爵が側仕えに指示を出す。ありがとうおじいちゃん、伯父さん。

 そして運ばれてきたのはドデカいパイだった。本当にデカい。アメリカのホームドラマでしかみたことないようなデカさ。私の顔何個分だという大きなパイが机の中央に置かれる。

 給仕が順番に切り分けて皿の上に置いてくれるが、その切り分けた一片がもうデカい。ステーキの3倍くらいの大きさだった。逆ぎゃくぅ!ステーキを3倍ちょーだいよ。


「どうぞお召し上がりください」

「いただきます」


 パクリ、口の中に入れる。ドレッシングと同じ甘酸っぱさが口の中に広がる。前世のザクロに似ていると思った。


「美味しいです。ここでしか食べられないなんて、残念です」

「気に入っていただけたようで何よりです。また来年も、王城へ向かう際はぜひ我が家へお立ち寄りください」


 喧嘩になることも、気まずい空気になることもなく無事に夕食を終えられた。ハーゲンティになって初めての、親族との密な交流は上出来なのではないだろうか。

 腹がはち切れそうになるまでパイを食べさせられた事以外。






 馬車がゆっくり停車する。踏み台が用意され、扉が開かれた。側仕えに手を添えてもらい優雅に降り立つ。

 目の前には自領の城と変わらないくらい大きな城があり、振り返るとその大きな城よりさらに何倍も大きな城が聳(そび)え立っている。


「あれが、王宮」


 ほんのちょっと、胸騒ぎがした。





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