4. 恩返し

「失礼ですけど、太蔵たいぞうさんは、なぜこの根古ねこ島へ来られたのですか? 一体、どういった目的があって――」

「目的――、ですか?」

「あ、ごめんなさい。初対面の方に、不躾ですよね。でもちょっと、気になったものですから……」


 艶子つやこさんの目が、全身をスキャンするように、上から下へ移動する。


「……やっぱり、調査目的ですか?」

「は?……」


 すぐには、話が飲み込めなかった。


「まさかこの島に、新たなリゾート施設か何かの、開発計画があるのでは――」


 その発言を聞いて、ようやく彼女の言いたいことに気付く。


 ――なるほど。そういうことか。


 失礼がないよう、身なりをしっかり整えたつもりだったが、どうやらこの島でビジネススーツは、逆効果だったみたいである。

 警戒させてしまったのなら、申し訳ない。


「いえ、違いますよ。それは、まったくの誤解です」

「誤解……。本当ですか?」


 艶子つやこさんは、なおもに落ちない様子で顎をひき、疑心暗鬼の上目遣いでこちらを見る。

 なぜか3猫たちまでもが彼女に同調し、ギロッと睨むような鋭い眼差しを、こちらへ向ける。


 軽く敵意をまとった8つの瞳に、じーーーーっと見つめられる。

 まるで、4匹の猫に睨まれる、ネズミになった気分である。


 やれやれ。


「もちろん、誤解ですよ。このような恰好かっこうをしておりますが、僕は断じて、仕事上の任務でこの島へ来たのではありません。お恥ずかしながら、先日勤めていた会社を辞め、現在は無職ですしね。一応まだ、有給消化中の身ではありますが――」

「まあ……」


 それを聞くと、艶子つやこさんの顎がようやく上向いた。


「僕がこの島へ来たのには、理由があるのです。実は――、僕には個人的に成し遂げなくてはならない、ある目的がありまして――」

「目的……、ですか?」

「はい」

「それは……、お伺いしても?」

「それは……、ですね」


 少々、言いづらい。

 だが艶子つやこさんは、この根古ねこ島で島猫の保護活動をされているお方。そんな方になら、正直に話しておいても損はないだろう。いろいろと、協力もしてもらえるかもしれない。


「実は……、僕は昔、1匹の猫に、命を救ってもらった経験があるのです」

「あら……、命を」

「はい。それで――、僕がこの根古ねこ島へ来ましたのは、その時の猫の恩に報いるのが目的なんです。つまり――、猫への恩返しです」

「猫への恩返し……、ですか」


 艶子つやこさんの肩から、力が抜ける。そして今度はきょとんと、目を丸めた。


 芝の上の3猫たちは、スイッチが切り替わったように動作を再開させ、各々の仕事へと戻る。

 のぞみはその場で毛繕いを続け、オス2匹は、背中を向けてどこかへ行った。

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