3. 艶々の女性

「あら、こちらにいらしたんですね」


 応答するよりも先に、若い女性がひょっこり、裏庭へ顔を出した。

 上下薄いピンク色のジャージを身にまとった、20代前半くらいの女性である。


「こんにちは。今しがた、この家に新しい方が入居されたと聞きましたので、ご挨拶に参りました」

「これはどうも、はじめまして。私は東京から来ました、金目太蔵きんめたいぞうと申します」

「はじめまして。私は、島猫ラヴァーズという団体で島猫たちの保護活動を行っております、家波艶子けなみつやこと申します」

「島猫ラヴァーズ……」

「はい。活動はボランティアで、一応、公務員です。普段は島営プールの管理や、水泳のインストラクターをさせていただいております。毎日、この家の子たちに、エサをあげておりまして――」


 言いながら、手に持つ袋に入ったカリカリを見せる。


「――ああ、そうでしたか。それはどうも、お世話様でした」


 そう言えば玄関の軒下に、管理されたエサ受けが置かれてあったのを思い出す。


「あと、大家のおばあさんから、あなたのお買い物のお手伝いをするよう、頼まれております。荷物が多くなるでしょうから、車が必要でしょ」

「なんと。それはどうも、助かります」


 島の人たちは、とても親切である。


「あの――、家波けなみさん」

艶子つやこと呼んでください」

「では――、艶子つやこさん。ここにいる3匹の猫たちは、ひょっとすると、以前の住人の方が置いて行かれたのですか?」


 気になったことを、訊いてみた。


「いいえ。この子たちには元から、飼い主はおりませんよ」

「いない?」

「はい。親離れした時からずっと、この家に居ついているだけです。以前の住人の方が毎日エサを与えていたのもですから、転居された後も、もう自分たちで狩りをしなくなってしまって――。気付いたら、痩せ細っていたんです。だから、保護対象になりました。ですので、今後はあなたに、この子たちのお世話をお願いしたいのですけれど……」


 艶子つやこさんは、猫のようなどんぐりまなこを、こちらへ向けた。


 一瞬、ドキッとする。


 動くたびに左右に揺れ、輝くように波打つポニーテール。太陽の光できらめく、前髪のキューティクル。まさに名前の通り、艶々つやつやされた方だ。


「――そうだったのですか。この子たちの世話の件でしたら、すでに了解しておりますので、問題はありませんよ。実は今しがた、家族のちぎりも交わしたところです。みんな私……僕を、新しいオーナーとして受け入れてくれたみたいです」


 あまりかしこまった言葉遣いを続けるのも、逆に距離を作りかねないため、一人称を改める。


「まあ、そうでしたか。それはよかったわ。みんないい子たちですので、太蔵たいぞうさんとすぐに素敵な家族になれますよ。あ、太蔵たいぞうさんとお呼びしても、よかったかしら」

「もちろんです」


 笑顔で言うと、艶子つやこさんの表情がパッと華やぎ、ポニーテールが跳ねた。

 そのまま弾むような足取りで、芝に転がる3猫たちの元へ向かうと、腰を下ろす。


「それじゃあ、遅くなりましたけど、紹介させてもらいますね。まず、このおっとりした女の子が、のぞみちゃん」

「のぞみ――」

「そしてこちらのハンサムな男の子が、ひかり君。このポッチャリさんが、こだま君です」


 ひかりに、こだま――。なるほど。新幹線か。


「とっても仲のいい、3きょうだいですよ」

「そのようですね。僕もすでに、きょうだい愛の微笑ましい光景に、癒されました」

「でしょ。よかった」


 艶子つやこさんは両手のひらを体の前で合わせ、うふっと微笑んだ。

 それに釣られて、自然と両側の口角が上がる。

 やはりこの方も、猫たちと同様、愛嬌のあるお方だ。


 しかしどういうワケか、艶子つやこさんはスッと立ち上がると、次の瞬間表情をサッと曇らせた。


「あの……、ところで、太蔵たいぞうさんは……」

「はい……」


 突如雰囲気が一転し、どこか警戒するような口調で、上目遣いの眼光を向ける。

 その眼差しは、徐々に鋭さを増して行く。


 頭の中に、クエスチョンマークが浮かんだ。


「何……か?」


 ――何だろうか……。

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