第2話



「何かあれば報せを。今はここも動ける状態にありますから」


 見送りに出てきた王平おうへいがそう言うと、丁寧に趙雲ちょううんは一礼した。


「ありがとうございます。そのようにいたします」


 涼州の山岳地帯は総じて厳しい。

 冬になりつつある闇の山岳へ向かって、発とうとする趙雲をしっかりと見つめた。

 蜀も色々な人材が増えて来たが、どんな人材が増えて来ても、趙子龍ちょうしりゅうの価値は揺るぎなく唯一無二のものだ、と彼は思った。


剄門山けいもんさん】の戦いでもたった一人で呉軍に会いに行って、無益な戦いを回避させたという。

 兵を率いらせても優れた武将だが、こうして単騎で動いても、どんな危険地帯だろうと物ともせず戻って来る。

 

 自分よりもずっと若い青年だったが、王平おうへいは趙雲を武将として尊敬していた。


「趙雲将軍。今回の魏軍ですが……こちらでも布陣を探らせていますが、魏軍に詳しい者に確認させたところ、陣中に郭嘉かくかがいることに非常に驚いていました」


「郭嘉……」


 趙雲は初めて聞く名だった。

 の主立った武将や参謀の名はなるべく頭に叩き込んでいるつもりだったが、その名は聞いたことがない。


「はい。郭奉孝かくほうこう。魏の軍師です」


「新しい軍師ですか?」

「それが……新しい軍師かと言われると返しに困りますが――曹操そうそうの腹心の軍師です。

 趙雲殿がご存じないのも当然だと思います。

 郭嘉かくかはこの五年ほど、表舞台には一切出てきていません。

 重病だったそうで、私も幾度か、風の噂で病没したという話を耳にしました。

 なので、死んだと思っていたので今回涼州西征せいせい軍に名を連ねていることを知り、非常に驚いています」


郭奉孝かくほうこう……どのような人物です?」


「曹操の腹心ですが、まだ二十代の若者です。

 というのも、幼い頃から神童と謳われる才子だったようで、曹操が手元に置いて少年の頃から様々な戦場に連れて行っていたとか。

 大病を患う前は北伐を行っていたので、貴方はご存知ないのだと思いますが、それより前も任官を受けないまま曹操と行動を共にしていたらしいので、もしかしたら殿ならご存知かも知れません。

 そういった特殊な事情があるので、一部の者しか郭嘉かくかをよく知らないのですが、楊儀ようぎ殿が彼を知っていて、非常に才ある軍師なので気をつけた方がいいと言っておられました」


楊儀ようぎ殿が……そうですか」


「曹操が非常に評価していた青年のようです。

 威公いこう殿が言うには、もし郭嘉かくかがこのまま涼州方面に駐留するようなことがあれば、危険視した方がいいと。

 司馬仲達しばちゅうたつ賈文和かぶんかとは、また少し毛色が違うらしいのですが、郭嘉が今後、王位継承した曹丕そうひの側に仕えるようなことになれば、非常に厄介な存在になるはずだと言っていました」


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