第十四章 未来を蹴る日

新しいスパイク、新しい一歩


高校に進学したタイガは、強豪サッカー部への入部を果たしていた。

父親のように育った蓮の背中を見てきたタイガは、

誰よりも努力家で、そして誰よりも「大切なものを守る」気持ちにあふれていた。


「俺、レギュラーじゃなくてもいい。

でも、ピッチの上で、誰よりも走る選手になりたい」


そう語った目は、まっすぐ未来を見つめていた。


試合の日の朝。

蓮はタイガに新しいスパイクを手渡した。


「これ、俺が初めて給料で買ったときと同じモデルだ。

当時の俺には似合わなかったけど……お前には、似合うと思う」


タイガは、涙ぐみながら笑った。


「ありがとう。これ履いて、俺、未来を蹴ってくる」



二 父としての背中


小さな紬光(つむひ)は、日に日に笑顔を増やしながら、蓮の指を握るようになっていた。


ミルクをこぼして泣く紬光を、あやしながら蓮は思った。


「この手を……母さんは、どうやって握ってくれてたんだろう」


答えの出ない問いだった。


だが、今の彼には分かることがある。

“親”というのは、完璧な存在ではない。

ただ、必死に誰かを守ろうとする、未完成な存在の連なりなのだ。


夜中の3時、眠らない娘を抱きながら、

蓮は自分の人生のすべてが、この瞬間のためにあったように思えた。



三 広がる輪、繋がる意思


蓮は会社の協力のもと、ついに「ユースリンク」という支援施設を立ち上げた。

児童養護施設を退所した若者たちが、一時的に住めるシェルター。

そして、働きながら社会復帰できる就労支援付きの仕組みを設けた。


開所式の日。

彼は言った。


「かつて、居場所がなかった自分が、

今は“居場所をつくる側”になれた。それが人生だと思います」


その言葉に、涙を拭く来場者が何人もいた。


「俺は、施設の子どもたちに、“世界は敵ばかりじゃない”って教えたいんです」


新聞やSNSで取り上げられ、やがて全国の自治体との連携も始まった。


「この施設から、夢を蹴る子が生まれてくれたらいいな」

蓮はそうつぶやいた。



四 試合の後、静かな夕暮れ


タイガの公式戦デビューは、惜しくもチームの敗北に終わった。


だが、彼は最後まで走りきり、観客席から拍手が送られていた。


試合後の夕方。グラウンドの脇で、蓮とタイガは肩を並べた。


「悔しいけど、楽しかった。俺、まだまだ走れる」

そう言ったタイガの顔には、少年の純粋さと、男の覚悟が共存していた。


蓮はポケットから、折れた笛を取り出した。


「これ……母さんが、俺にくれたんだ。

いつか、誰かを守るために吹けって言ってた」


タイガは黙って笛を見つめた。


「それ、お前に預けるよ」

蓮が笛を手渡すと、タイガは静かにうなずいた。


「俺が守る番なんだな」



五 未来へ


その夜、蓮はリビングのソファに座り、寝息を立てる紬光と美月を見つめた。

目を閉じると、たくさんの“光”が浮かんできた。


施設の薄暗い廊下。

あのころの寒さ。

初めて自分の名前を呼ばれた瞬間。

愛されることを、信じてみたいと思えた日。


そして今――自分の腕の中にある温もり。


過去は、消えない。

でも、それを抱きしめて歩くことはできる。


「いつか、この子が“パパ”って呼んでくれる日が来たら……

その声を、胸いっぱいに受け止めよう」


蓮は、静かに目を閉じた。

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