第7話・契約悪魔
「《
煌々と輝く紫の光が、部屋の床に魔術陣を描いていく。
そこから、人型のナニカが浮かび上がってきた。
夜の闇で染め上げたような長い黒髪。
ヴァイオレットサファイアをはめ込んだような瞳は、怪しげに暗く光った。
ただの可憐な少女のような見た目であるが、溢れ出る禍々しいオーラがそれを否定する。
紫が散りばめられた漆黒のドレスを着た少女は、俺のことを目視するとゆっくりと口を開いた。
「……アスト、
彼女はそう言うと、ドレスの裾を掴んで綺麗なカーテシーを披露する。
公爵級悪魔アスタロト――それが彼女の真名であり、つまり俺の契約悪魔だ。
ただ、今の彼女の肉体は仮初ではあるが。
この肉体は実は、依代のキャラクリエイトのときにランダムで生成したものだ。
「……マスター、ここは? あの世界と違う」
「気が付いたかアスト。ここは、異世界だ」
彼女の問い掛けに、俺はそう答えた。
それを聞いたアストは、目を瞑って黙りこくる。
「やっぱり……この世界、魔力の質が違う。どうしてここに?」
目を開けた彼女はそう言いながら、ベッドの上に乗ってくる。
そんな彼女に対して俺は、これまでのことを話していくのだった。
「なあアスト、俺に召喚される前のことは覚えているか?」
「……? うん、掃除してた。マスターのお屋敷の」
(やっぱり……ゲーム内のアストと、今俺が召喚したアストは、完全に記憶を受け継いでいるようだな)
「わかった、教えてくれてありがとう。また、今後も呼んでいくことになるから。これからもよろしくな」
「うん。よろしく」
俺はアストにそう伝えると、彼女のことを《送還》した。
「よし、寝るか」
ベッドから立ち上がった俺は、寝る前の支度を済ませようと動き始めた。
「おう、おはようさん。にしても早起きだなー! お客さん。もう朝飯が出来とるよ」
朝早くに自然と目が覚めた俺は、ギルドに向かおうと1階に降りた。
そこで、ちょうど奥の方から出てきた店主さんと鉢合わせると、店主さんにそう声をかけられる。
「おはようございます店主さん。ありがたくいただきますね。あれ、リーフはまだ起きてないですか?」
「ああ、嬢ちゃんはまだ起きてきてないな」
「わかりました。それじゃあ先に1人で食べちゃいますね」
俺はそう返事をすると、食堂の方へと向かう。
食堂に入ってそのまま進んでいくと、俺は1番端っこの席に座った。
「はい、今日の朝飯は塩むすびと味噌汁だよ!」
そう言って置かれたのは、綺麗な三角の形をした2つのおにぎりと、昨夜と変わらず美味しそうな味噌汁。
おにぎりには海苔が巻かれておらず、炊き立てだと分かるように米粒がつやつやと輝いている。
「っし、いただきます」
俺はおにぎりを掴むと、パクッとひとくち食べる。
モグモグと味わって咀嚼してから飲み込むと、味噌汁に手を伸ばしてすする。
「……うん、美味い」
塩味のしっかりと効いたおにぎりに、心が落ち着く優しい味の味噌汁。
これは完全に、完璧な朝ごはんである。
そんなことを考えながら、俺はどんどんと食べ進めていった。
「おはよう、リナリスさん」
「あ! おはようございますベリルさん。朝早いですね!」
ギルドに入ると、昨日と同じ受付にリナリスさんが立っていた。
俺が声をかけると、何やら作業をしていた彼女は顔を上げて返事をしてくる。
「あの後、採取依頼について調べておきましたよ!」
「おお……大量だな」
俺が受付のそばまで行くと、彼女がそう言いながら資料らしき紙束を掲げる。
「私のおすすめはこの、マリア草の採取ですね。比較的街の近くに生えているので、集めやすいですよ」
「近くに生えてるのか。マリア草ってどんなの?」
「えーとですね……」
彼女はゴソゴソと受付下を漁ると、何やら緑色のもとを取り出す。
手に握られていたのは、一枚の葉っぱだった。
「これがマリア草です。葉っぱがギザギザしているのが特徴ですが、似たようなもので毒があるラギリ草というのがあるので注意してください! 見分け方のポイントは、裏に青い斑点があるかどうかです! 斑点がない方がマリア草ですね」
「なるほどなぁ。あ、そうだ。マリア草って何に使う植物なんだ?」
俺がそう尋ねると、彼女はドンっと受付を叩きながら勢いよく答える。
「それはもちろん、
「ポーション? へぇ、こんな葉っぱがポーションの材料に」
「はい、そうなんです。ただ、冒険者になる人はみんな戦うのが大好きで……常駐依頼ではあるんですけど、なかなか集まらないんですよねぇ」
彼女はそう言い終えると、疲れたようにため息をつく。
「おかげで全然足りてませんよ……ってことで、ベリルさんにマリア草の採取をお願いしてもいいですか?」
「もちろんだ。今から集めてこよう」
「助かります! えーとですね、ギルドを出て左側、東の方の方に進むと門がありまして、そこから出ると草原が広がってるんですよ。マリア草はそこによく自生しています!」
「左だな、よしわかった。それじゃあ今から行ってくるよ」
「はい! 行ってらっしゃいませ!」
俺はリナリスに手を振られながら、ギルドの出口に向かう。
ドアを通り抜けようとした瞬間、向こうから4人ほどの集団が俺の横を抜けていった。
その集団の先頭にいた男に、俺は少しだけ意識を持っていかれる。
(パーティーのリーダーか? それにしても若いな、
俺はそんなことを考えながら、東側の門を目指して歩き出した。
俺は門番に会釈をしながら、他の冒険者たちに混じって門を通り抜ける。
「おお……!」
目の前に広がる光景に、俺は感嘆の声を漏らした。
草花がカーペットのように地面を覆っており、まばらに木々が生えている。
奥に見える森の方から吹いてくる風によって、草原の草花が一斉に揺れた。
また、少し離れたところには、ウサギや小鳥といった小動物が生活をしている。
「にしても、こんな広い草原でどうやって探せばいいんだか……」
初めは感動していた俺だったが、目的である薬草採取のことを考えて気が遠くなる。
だが、これは異世界生活、そして冒険者人生において初めての依頼だ。
俺は「よしっ!」とやる気を出すと、薬草のありそうなところまでとりあえず歩き始めた。
門から少し離れたところで、俺は1度しゃがんでみる。
そして目の前に生える植物に手を伸ばすと、その葉っぱをもぎ取った。
「あれ……? これ、マリア草じゃないか?」
俺は手に持った葉っぱと、先ほどリナリスに見せてもらった葉っぱを頭の中で比べる。
確かに同じようなものに見えるが、どことなく違う気がしなくもない。
「いや、わかんねぇなこれ……って、あ、そうだ」
俺は名案を思いついて、というか思い出して声を上げる。
「《解析》」
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《解析結果》
名称・マリア草 種族・植物
初級ポーションの材料になる、薬草の1つとして知られている植物。
この植物は、暗黒時代と呼ばれていた頃にこの植物を使用して、初めてポーションを作成した人物の名前が付けられている。
彼女はその功績を讃えられ、今現在も、聖女マリアとして名前が残されている。
見た目が酷似している植物、ラギリ草は毒性があるため注意が必要。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「やっぱりマリア草で合ってたか……ってなに? この情報。確かに女性っぽい名前だな、とは思ったけど」
俺は《解析》で出てきた情報に、衝撃を受けてツッコんでしまう。
まさか名前はおろか、そこまで詳細な情報が出るとは。
俺は手に入れたマリア草を、
「よし。それじゃあどんどん探していくとするか」
「……はぁ。いや、しんどい。想像以上にしんどい」
最初の方は楽しかった。
『マリア草を見つけ出せ、《解析》』とやれば、周囲にあるマリア草の場所がすぐにわかったからだ。
そうなれば、あとはそれを回収して回るだけ。
「だったんだけどなぁ」
思っていた以上に、マリア草を採取する作業が大変だった。
《亜空書庫》で直接回収すればいいのでは? と思うかもしれないが、この魔術はそれほど万能ではない。
てことで、俺は場所がわかったマリア草をひたすら採取した。
そしてその結果、腰を痛めた。
「うーん、もっと効率的で楽なやり方はーー」
「任せて」
「ッ!?」
突然かけられた声に驚いて、俺は剣に手をやりながら後ろを振り向く。
そこにいたのは……少女の皮を被った悪魔、アストだった。
いやなんでここにいるんだ!?
「え、アスト出てこれたのか?」
「こっち来てから、ね。それよりマスター」
「そうだったのか、なるほど……それでどうしたんだ?」
「薬草採取なら、アストに任せて」
彼女はそう言うと、ドンっと右手で自分の胸を叩く。
(ああそういえば、彼女の能力は――)
アストの能力は採集と家事、完全にサポート用のものだ。
だから、薬草採取に関しては完全に彼女のテリトリーなのだ。
そもそも、俺が荒事以外のそういったのが苦手だったから、アストをそういう能力にしたからな。
「分かった。アスト頼んだ」
俺がそう伝えると、彼女は一目散にマリア草に向かって走って行った。
まあそんな足は速くないけど。
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