募集欄を発見!潜入を目論む公爵令嬢
カフェはフルンゼ楽団の入る建物とかなり近く、建物の様子をそれとなく偵察していた。
(かなり年季が入っているわね。あの建物を補修する必要があるわ)
カフェには《フルンゼ楽団員募集!》の紙が貼ってあり、それを見たルイーズはすっかり自分が入団した後のことを勝手に思い描いていた。
「楽団員の募集をちょうどしているなんて、これもまた運命だわ」
「お嬢様、目的が変わっていませんか?チェリストを見つける、というだけでしたよね?」
「団員を募集しているなら、腕を磨くチャンスだわ。少しばかり目的が変わっただけよ」
「そうですか?」
眉をひそめながらジーナが上目遣いで見てくる。
「旦那様とルース様が知ったらなんと言われると思いますか?」
「お父様はいくらでも音楽に没頭しなさい、とおっしゃったわ。今の私には音楽が必要なの。だから、問題ないわ」
ちょっと都合よく解釈して話す。
「でも、どうもフルンゼ楽団は庶民の集まりみたいではないですか。お嬢様が所属するのをお許しになるとは思いませんが」
「だから、こうして庶民の服に着替えたし、話し方も身につけている最中よ。要は、私の正体が知られなければ問題ないわ」
「そういうことではないと思いますよ。お嬢様が庶民の集まりにいるというのが問題なのではないですか。そこまでして入団する必要がありますか?」
「あるわよ」
(だって、あのチェリストの彼が在籍しているんだから!)
と心の中で叫ぶ。
「はああ……」
言い出したら貫き通す性分のルイーズを知っているジーナは、頭を抱える。
「忖度なしの指導を受けられるわ。もうなにもいわないでちょうだい」
再び、まわりの人の話し声に耳を傾ける。ジーナがため息をつくのがわかった。
カフェを見ると先ほどから盛り上がっているテーブルがあった。男性客二人だ。
『それでよう、この前、その姉ちゃんに花をプレゼントしたんだよ。そしたらさあ、なんて言ったと思う?』
『なんだよ?』
『私もアンタが好き、だってよぉ。おい最高だな!』
男性はバンバンテーブルを叩いた。
(ふうん、ああいった砕けた会話が共感を呼ぶのね)
うなずいていると、ジーナが肩を震わせている。
「お嬢様!あの会話はまったく役立ちませんからね!」
「あらそう?庶民は気持ちが高まった時にはテーブルを叩くのでしょう?」
「絶対、違います!」
さすがに気持ちが高まっても自分はテーブルを叩くことはないと思ったが、ジーナをからかいたくて言ってみたら、ジーナが顔を赤くして目を見開いている。
(あら、やりすぎたわね)
「冗談よ。さすがにやらないわ。ジーナがあまりにも心配するからからかってみただけだわ。まあ、庶民というのは気安い会話がポイントということね」
「冗談でしたか……心臓に悪いのでやめてください。まあ、気安い会話というのは当たっていると思います。というか、お嬢様は知らなくてもいいことを学ばれています……!」
「いえいえ、ジーナ。これは目的のためには大事なことよ。私、庶民として潜入して腕を磨くのよ」
「お屋敷に楽団を呼び寄せればいいではないですか」
「だからそれではダメなの。彼らと対等には話せなくなるでしょ?今までの指導する先生たちも私が公爵令嬢だと知って、なんとなく忖度していたでしょう?私は、本場で揉まれたいのよ」
「待ってください。まず、対等、というところから間違っている気がします」
「そんなことはないわ。感動させる音楽を奏でる彼らと対等に話したいのよ。私が上位貴族だと知ったら絶対に彼らは本心を見せない。ただでさえ、貴族が苦手みたいだから」
ジーナは言葉を探し沈黙している。どうにかして説得しようとしているのだろう。
「だから、どうして庶民に合わせる必要があるのです?貴族の音楽家もいるではありませんか。庶民の集まりの楽団に入って対等な立場って……めまいがしてきました。旦那様やルース様が知ったら卒倒なさいます!」
「そこなのね?お父様やお兄様は庶民を尊重されているわ。私もそうよ。ジーナは違うの?」
「私も尊重はしています。けれど、庶民はハンカチに口紅で地図を描かせたり致しませんし、 まず、“庶民”と呼んだりしないでしょう」
「あ……」
ルイーズは自分の口を塞いだ。
「確かにそうよね。ついつい“庶民”なんていってしまったわ。私はこれからまさに庶民……平民となって音楽家として訪ねようとしているのに、これではダメね」
口元に笑みを浮かべた。
「もう、とりあえず今日は諦めました。今日だけです……」
折れないルイーズに、白旗を上げたジーナだった。
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