広場のカフェで聞いたチェリストの手がかり
ルイーズは翌日、ジーナを連れて街に出た。
(お父様とお兄様には
ルイーズは例のチェリストを本格的に探そうと目論んでいた。
(あのキスを見なければ、積極的に彼を探すことにはなかったでしょうね。……ある意味、これは運命だったのかもしれないわ)
いつまでも負の感情に囚われたくない。これからしようとしていることを前向きに考えるようにした。
(ただ、どこから情報を得たらいいのかしら?)
ジーナと広場を当てもなく歩いて、少しばかり疲れた。
とりあえず、近くのカフェに入ることにした。
「お嬢様、今日はどの店に行くおつもりですか?」
ジーナはルイーズが散歩と店目的で来たのだと思っているらしい。
「今日は、お店が目的ではないの。ある人たちを探そうと思って来たのよ」
「ある人たち、ですか?」
父と見た弦楽カルテットの演奏をジーナは見ていない。なんと説明しようかと言葉を探す。
「先日、この広場で弦楽カルテットの演奏を見たのよ。その人たちが素晴らしくて。彼らを探したいの」
「まあ、お嬢様が気に入るような素晴らしい演奏者がいたのですね。所属は尋ねなかったのですか?」
「ええ。でも、後から気になってしまって。どうするべきかしら?」
「どうしましょうか。あの広場で演奏している人に尋ねてみましょうか。もしかしたら知り合いかもしれませんし」
広場には常設の舞台がある。人々はそこでバイオリンやらサックスやら好きな楽器で演奏を披露するのが当たり前の風景になっていた。ここメッツォ国は、音楽大国のトリアに次ぐ音楽が盛んな国として知られている。
演奏していた音楽家たちがちょうどカフェに入ってきた。
どこに座るのだろうと見ていると、なんと彼らは隣りの席に腰掛けた。
(あら、これは尋ねるのに絶好の機会だわ。……でも、どうやって話しかけよう)
ルイーズは公爵令嬢だ。どう見ても貴族ではないであろう彼らとどう話すべきか躊躇する。
(ごきげんよう?それとも、こんにちは、かしら?それとも平民はもっと気さくな挨拶が普通なのかしら?)
真剣に考える。
すると、彼らが話し出した。とりあえず、耳を傾ける。
「……というわけでさ、困っているって話なんだよ」
「へえ」
「フルンゼ楽団もいい楽団だけど、ボロゴ楽団に声をかけられたら、思わず行っちゃうよな。有名だし金もあるし」
「私なら迷わず移籍するわね」
会話の内容からするに、彼らはプロの音楽家らしい。ボロゴ楽団はメッツォを代表する楽団で、国外問わずよく知られている存在だ。ルイーズも宮中での演奏会で、ボロゴの演奏を何度も耳にしている。
「う~ん、でも、フルンゼ楽団のコンマスは捨てがたいわあ。イケメンだし!」
「そこに食いつくのかよ?それよりもなかなか勢いがある演奏家が多くていいと思うけどね、オレは」
(音楽業界に詳しいのね。やはり、彼らに尋ねるのが正解みたいだわ)
ルイーズは軽く咳払いをすると、背筋を伸ばして彼らを見た。
「失礼。あなた方にお聞きしたいことがあるわ」
「はいっ?」
突然、見るからに貴族の令嬢から話しかけられた彼らは目を丸くしている。おしゃべりに夢中で隣にどんな人がいるのかを気にしていなかったらしい。彼らにサッと緊張が走るのがわかった。
(あら、彼らが思ったよりもかしこまっているわ。どうして?)
街に来るにあたり、目立たないように地味な服を選んだつもりだ。首をかしげる。
「かしこまらなくていいわ。楽になさって。私が知りたいのは、この前の週末に広場で演奏していた弦楽カルテットのことよ」
「弦楽カルテット……」
「それはたぶん、フルンゼ楽団の者だと思います!」
女性がすぐに反応した。
「確かなのかしら?」
「はい。弦楽カルテットといったら、イケメンのコンマスがいるあの人たちかと。私たちも参加していたので間違いないと思います」
さっき女性が話していたコンマスがいたようだ。
(私、チェリストばかり見ていたから、バイオリニストを気にしてなかったわ)
確かに女性たちがわあわあ騒いでいた気もするが。
「フルンゼ楽団の方とは知り合いなの?」
「いえ、私たちはほかの楽団の者でして……活動拠点なら知っております」
「なら、ここに書いてちょうだい」
ハンカチと口紅を取り出して手渡した。
「こ、これに書くのですか!?」
シルクのハンカチと金の装飾が綺麗な口紅を持ったまま固まっている。
「そんなに気にすることなの?」
「いえ……心を込めて描かせていただきます」
男性が震える手で地図を描き始めた。
「ふうん、ここから近いのね」
「そ、そうですね。もしや、フルンゼを訪ねるご予定でしょうか?」
「ええ、そのつもりよ」
「でしたら……余計なお世話かもしれないし失礼かもしれないのですが……」
男性が言いよどむ。
「なにかしら?」
「その、彼らはかなり保守的なので、……もっと庶民の服装で訪ねる方が無難かと」
「え?今でも相当、地味よ?」
「……お言葉ですが、庶民はアクセサリーは特別な時にしか身につけられません。我々にはそのネックレスでさえも眩しく映ります」
男性が光を遮るような仕草をするので思わず笑ってしまった。
「あら、そうなのね?ならば、これらも外して洋服も改めましょう。このネックレスはお礼にあげるわ」
ルイーズが金のネックレスを渡すと、男性は緊張した面持ちでそれを両手で受け取った。
「ありがとうございます!!」
二人が頭を床に擦りつける勢いで言う。
「いえいえ。ついでに、庶民の洋服店も教えてちょうだい」
一通り聞き出すと、ジーナと店を出た。
「お嬢様、気前がよさすぎませんか?」
「あら、あんな細い金のネックレス、大したことはないでしょう?気軽に買えるものだわ」
「お嬢様と世間の感覚は違いますから。お嬢様は貴族でも高位貴族です」
声を潜めて注意された。
「わかったわ。気を付けるから」
ルイーズたちは庶民の洋服を買える店に向かい、服を購入した。ついでに着替えも済ませる。せっかくだからと、まとめて30着ほど購入して公爵家に送るように言うと、店の主人の手が宙で止まっていた。
「ねえ、服装だけでなくて、庶民の言葉づかいも学んだ方がよくないかしら?どうも先ほどから彼らと話していると変にかしこまられるわ」
「お嬢様はそういうお育ちですから。私も貴族ですし」
「そう。私のまわりには貴族しかいないの。だから、楽団を訪ねる前に、あのカフェで会話術を学ぶわ」
ルイーズが指さしたのは、洋服屋の斜め前にある庶民的なカフェだ。
二人はカフェに入ると、まわりの人の会話に聴き耳を立てた。
(あのチェリストの彼も平民なのかしら?)
ルイーズは懸命に会話術を研究しながらチラリと考えたのだった。
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