第2話 小湊楓:特技『さみしがり』
「改めまして。私は
「めっちゃさみしがり連呼するな」
カエデさん。本名だったんだ。
18歳ってことは俺の1個下じゃん。まさか学校まで一緒じゃないだろうな。
「特技はさみしがりです」
「さみしがりは特技に分類されるの!?」
「もちろんです。この間さみしがり全国大会で優勝しました」
「なんだその大会!?」
「18年連続優勝のさみしがりチャンピオン、それが私です」
「真顔で意味わからない冗談言うのやめて!」
こんなユニークな人が隣人だったなんて。
とびっきりの美少女であり、そしてぶっちぎりな変な人。
それが初対面の彼女に抱いた印象だった。
「あ、あの、綺麗様、それで、その……」
「あっ、俺の自己紹介がまだだったな。俺は
「またの名も漆黒ボイス配信者、魔界2丁目出身の声野綺麗様ですよね!」
「キャラ設定言うのやめて! 改めて言われるとめちゃくちゃ恥ずかしい!」
「魔界2丁目ってどこですか?」
「知らないよ!?」
どうして俺はそんな中二ネームで配信を始めてしまったのだろうか。
今更ながら恥ずかしくなってきた。
「綺麗様。今日からよろしくお願い致しますね」
「いや、いきなりよろしくされても……ていうか配信ネームで呼ぶのやめて。海野でいいから」
「わかりました。私のことは『カエデ』でいいですよ。私の名前は言いなれていますよね。えへへ」
「よろしく小湊さん」
「どうして言い慣れてない苗字の方で呼ぶのですか!?」
よく知らない女の子を名前で呼べるか。
実際の俺は声野綺麗みたいなプレイボーイじゃないんだ。
「あの、どうして配信を辞めちゃったのですか?」
「才能がなかったからだな。知っていると思うけどリスナーなんて皆無に近かったし」
「私という信者が居たじゃないですか」
「あっ、うん。カエデさんには本当に感謝しているよ。いつも来てくれてありがとう。俺も救われていたよ」
「えへへ。綺麗様が名前で呼んでくれました」
「……逆に聞きたいんだけど、小湊さんはどうして俺なんかの配信に来てくれていたの?」
苗字呼びに戻されたことを不満に思ったのか、彼女はぷくーっと頬を膨らます。
「何度も言いましたよね? 私さみしがりなんですよ」
「うん。チャンプなんだよね? それがどう関係するの?」
「……私、一人暮らしを始めた頃、寂しさに耐えられなくて毎日泣いていました。親元を離れることがこんなに苦しいことなんだって初めて知りました」
一人暮らしを始めて不意に不安が押し寄せてくることは俺にも経験があった。
何かあったら自分一人で何とかしなければいけないという思いが不安へと変わるのだ。
「そんな時、隣室から貴方の声が聞こえてきたのです」
声野綺麗の配信。
稚拙で中二のASMR配信が彼女の寂しさを薄めてくれたという。
「貴方の声、実家にいるお兄ちゃんに似ていてとても安心出来ました。それに綺麗様の配信を見て、この人は穏やかで優しい人だってことも知りました」
その言葉に俺は小さく首を傾げた。
「声野綺麗は穏やかでも優しいキャラでもなかったよな? どちらかというとやかましくて近寄りがたいニヒルキャラだっただろ?」
「ニヒル感なんて一切なかったですよ?」
「一切なかったの!?」
「貴方の声からは隠しきれない優しさが溢れていました。私レベルのさみしがりになると他人の安心ポイントを見つけるのが上手になるんですよ」
嬉しいような悲しいような……
「貴方の配信はいつも深夜まで続いていたから、壁越しに聞こえてくる貴方の声がいつも私の子守唄になっていました。それなのに……それなのにぃぃ!」
小湊さんは涙目のまま睨みつけてくる。
「貴方が急に引退なんてするものだからまた不安で眠れなくなってしまったじゃないですか!」
しまったじゃないですか! と言われても俺何も悪くないよな?
俺にどうしてほしいんだこの子は。
「そう言われても俺はもう配信に復活したりはしないよ。チャンネルも消去したし」
「大丈夫です。貴方の自由を奪ったりしません。寝る前に私と過ごしてくれればそれでいいのです」
「めちゃくちゃ自由奪われてない!?」
「で、でも、綺麗様は言いました! 『カエデ、俺はキミだけのモノになるよ。キミが寂しい時は俺がいつでも駆けつける。愛してるよハニー』って」
「言ってないな!? 似たようなニュアンスのことは言ったけど、そこまで誇張されたセリフは言った覚えないな!?」
「た、多少は誇張しましたが、でも確かに言いました! お願いします! 私にできることはなんでもしますから寝る前に一緒に過ごしてください」
「な、なんでも?」
「はい! なんでもです! これから毎日貴方の分の夕飯を作ってあげてもいいです。お洗濯やお掃除も全部しますから!」
「ぐっ……」
小湊さんの提案に俺の心は大きく揺れる。
男の一人暮らしの欠点。それは家事全般がボロボロになりがちなこと。
誰かの手料理なんてしばらく食べていない。洗濯もまとめてやるから溜まりがちだ。
そしてこんな可愛い子と一緒にいるだけで代わりに家事全般をやってもらえるってかなり魅力的な提案なんじゃないか?
それに——
「……実はいうと、俺も結構さみしがりなんだ」
「むっ! さみしがりマウントですか? それは18年連続チャンピオンの私に対する挑戦ですか!?」
「いや、そんなつもりは一切ないのだけど……実は俺は19年連続ぼっち大会優勝者なんだ」
俺が配信を始めた理由は放送を通じて友達を作りたかったから。
声野綺麗のおバカなキャラクター性をいじられて楽しみたかったから。
俺はさみしかったのだ。
「私が友達になります!」
「えっ?」
「利害が一致しているじゃないですか。私はさみしがりを解消したい、海野さんはお友達が欲しい。私達が一緒にいることはとても自然なことになりました」
「そう……なのかな?」
「絶対そうです! ね? 私と一緒に過ごしましょう? 改めてお願いします」
きっと彼女は自身に渦巻く不安が恐ろしくて、それに立ち向かう光が欲しかったのだ。
その光として俺を見つけてくれた。
それはとても光栄なことのように思えた。
だから俺は——
「わかった。キミと一緒に過ごすよ。よろしくね。小湊さん」
「はい! やったっ! やったっ!」
嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる小湊さんを見て、俺はつい微笑ましげに笑みを浮かべてしまう。
今まで鬱々した日々を過ごしていたけれど、今日からなんだか楽しくなりそうな予感がした。
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